第8話 歩調

 二人が悲しみを癒すために町を歩くシーンが好きだ。地方都市に住んでいる僕にとって、東京は不思議な町だ。つぎはぎだらけで少し歩けばすぐに町の顔が変わる。僕もこの二人のように飽きずに町を歩けるだろう。


 僕はこのシーンを読みながら、自分の中に懐かしさが込み上げてきたことに気づいた。まるで、僕自身も誰かと町を歩いたことがあるかのように。幸い(というのも本当は違うと思うが)、僕には親しい人との急な別れという経験はない。それでも僕の中に、悲しみを癒すための無為な時間を誰かと過ごしたという、記憶とも思い出とも言い難いあいまいな実感がたしかにあった。


 過去の辛かったの時期を思い出せば、もっと鮮明に何があったのかを思い出せるだろうと思った。自分の中の不安定で危うい気持ちの波をたどっていく。すると、ちょうどこの二人と同じ年頃の18歳くらいの時にたどり着いた。その時、僕は非常に難しい精神状態だったけれど、それを誰かにわかってもらおうとしたり、助けを求めたりはできなかった。僕自身が乗り越えなくてはならないことだということがわかっていたからだ。


 どうしてそんな話になったのかは全く覚えていないが、中学の友人が毎週末ともなると僕とゲーセンに行ってくれた。彼女は音楽ゲームが好きで、彼女が楽しそうにしていたことはよく覚えている。そのささやかな習慣は、だいたい一ヶ月半くらい続いた。彼女は僕について何も訊かなかったし、何も言わなかった。彼女なりの励まし方だったのか、あるいは本当に彼女は僕と遊びたかっただけかもしれない。


 当時、僕と世界の接点は彼女だけだった。そして同じような場面は、僕の人生の中で何度か訪れた。その都度、彼女のような人が現れて僕の隣を歩いてくれた。


 その人の悲しみがどのようなもので、どれくらい深いものなのかなんてはかりようがない。それでも世界は回っているし、人生は待ってはくれない。まるで自分一人が取り残されたようで、寂しさを感じるかもしれない。でも本当はそうではない。むしろ何があっても僕というほんの小さな存在すらとりこぼされることなく巻き込まれて、いつか岸辺に辿りつく。僕は自分のことを振り返って、そんな風に考えた。


 二人はどうなのだろうか。ワタナベは事情を知らない周りからは、恋人であると冷やかされている。ワタナベ自身も自分の現状を客観的に見るようになってくる。いつまでも、歩調を合わせてばかりもいられないのだろう。



▼僕が書いた喪失の話『その手を離さないで』▼※大震災、津波の被害の話となります。

https://kakuyomu.jp/works/16818093073686690265/episodes/16818093073689725934

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