第10話 前へ進むだけ

「うん?攻撃のキレがいいね。吹っ切れた?」


 夜遺の渾身の一撃を軽々しく剣で受けながら先生が笑う。


 あの日、初めて神話生物を殺して、2日後のことだ。


「残念ながら切り替えは早い方なんですよッ!」


 タイミングをずらし、フェイントを多分に含めた4連撃を繰り出すも、先生の態度は変わらない。


「いいね。今までは躊躇してたのに、普通に人に向かって剣を振るえるようになるのは、実にいい。訓練の質が上がるからね」


「手を抜いてたのはすみませんでしたッ!」


 夜遺は受け止められること前提で剣を振り下ろした。すると案の定、先生がその剣の軌道上に剣を滑り込ませてくる。


 剣と剣がぶつかった瞬間、夜遺は衝撃に逆らわずに剣を後ろへ引いた。そしてすぐさま別の角度から斬り込む。


「いやいや、夜遺君は悪くないよ。初めから人を平気で切り殺そうと考えられる奴は中々いない」


 夜遺の攻撃を、時計の秒針を回すように剣を回して防御し、先生は笑う。


「チッ!」


「ははは、悪くないよ。でも今の攻撃を受けたのは6回目だ。多用しすぎるとクセがつくから辞めようね」


(ならいっそ本気で振り抜く!)


 夜遺は、防御された姿勢のまま無理やり鍔迫り合いまで持っていき、押しきろうとした。


「はい。ダメだ。相手の姿勢が悪いからって押し込むのはダメだ」


 押し込んだ剣はスルリと受け流され、夜遺は前のめりによろめく。そしてよろめく夜遺に、先生が足をチョンと前に出したため、バランスを崩して盛大に倒れた。


「まぁダメだったが、前より格段に意欲を感じるね。動きの精彩さとでも言えばいいのかな?工夫が見えるよ」


 ボコボコにされて、地面に転がされ、そんなことを言われても困る。


「先生ってバカですけど、戦闘では頭回りますよね」


 夜遺は顔面を踏みつけられた。


 肉体の保護によりダメージはなかったが、かなりの速度で落ちてくるハイヒールの踵は、信じられないほど怖かった。


「し、死ぬかと思った……」


「年上を笑うな。先生をバカにしやがって…教育するぞ」


 直感的に、「死刑」とか言ってきそうだと感じた夜遺は即座に謝った。


「んっ。許す。それで…まぁなんだったっけ?あぁそうだ、始めたての頃は剣に振り回されていたけど、いつの間にか剣を完璧に扱えているし、夜遺君は上達が早いね」


「魔術のお陰って感覚がスゴいですけどね。トートの詠唱。まるでドーピングですよ」


「まぁ、確かに魔術のお陰で、考える速度が上がっているのは間違いないけど、考えているのは夜遺君なんだぜ?もっと自信持ちなー?」


「1発も当たらないのに自信なんて沸きません」


「あはは、私に1ヶ月以内に攻撃を当てられた子は1人だけだよ」


「誰ですそれ?」


「燐だよ。一式燐。あの子はヤバいね。異常だよ」


 興味が沸いた。夜遺は一式と話してみたいと考えてはいるが、あの日以来会えていない。学校は名ばかりで、なにかない限り皆登校しないためだ。


「……教師が生徒を異常と呼ぶのはどーかと思うんですが?」


「まー良いんだよ。いい意味で異常なんだから」


「異常者扱いにいい意味なんて含まれるんですか?」


「はっ!夜遺君いい加減に気付きなよ。ここは、この地下都市は、とっくに異常で、君は異常に住んでいるんだぜ」


 異常な都市で異常扱いされる一式とはなんなのか。


「なにが異常なんですか?人格が安定しないってことと関係が?」


「あー聞いてたのね。まぁそれも少しは関係があるけど……まぁ本筋じゃない。燐の異常性はそう言ったところとは別にあってね。単純に言うなら、アホ強い」


 なんとも単純で分かりやすく、小学生みたいなことを言うものだと、夜遺はなぜか感心してしまった。


「アホみたいに単純ですね」


「アホみたいに単純に強いんだよ。勝つことに貪欲というか、相手を殴り飛ばすことに全神経を注いでいるような、クレイジーなんだ」


 先生とほぼ同じではと、夜遺は一瞬思ったが寿命が縮みそうなので口には出さず、先生の話を促した。


 すると先生は笑顔とチャラけた調子を引っ込めて、困った顔をした。


「まぁだいたい私が悪いんだけどね……」


「なにやったんですか?」


「……はぁ。まぁ夜遺君なら良いかな。というかお願いしようとしてたし、ちょうどいいや」


 夜遺はすこぶる嫌な予感を感じつつ、好奇心から耳を塞ぐことは出来なかった。


「燐はね、とあるカルトで約2年ほど人体実験を受けていたんだ」


 平和な日本にあるまじき話に、夜遺はピンと来なかった。


「ま、地獄を見たんだよ。小学6年生の終わりから中学2年生の終わりまでの期間、地の底すら抜けた地獄を生きていたんだ」


 先生は具体的には語らなかったが、先生がそのカルトを潰そうと強襲した時、唯一の拠り所である妹を殺され、狂ってしまったということを教えてくれた。


「それで…どうなったんです?」


「いや~精神病として見てたんだけど、まー誰にでも噛み付く狂犬になっちゃってね~。人体実験も受けてたから純粋な人間でもないし、扱いに困ってたんだ」


 先生が訓練室の高い天井に目を向けた。


 その姿は、前に一度見た誰かにそっくりだと、夜遺は感じた。


「監禁されて、このまま寂しく1人で泣き続けることを思うとどうしても見過ごせなくて……そして上っ面だけの優しい言葉じゃ救えなくてね。だから私は本心で話してしまったんだ」


「お前が弱いのが悪いってね」


 夜遺は先生を責める気にはなれなかった。あまりにも酷い言葉だと糾弾することは出来たかも知れないが、それを否定しても夜遺にはいい案が浮かばない。


 だから夜遺は黙るしか選択肢がなかった。


「…それから燐は外へ出て剣を振り回し続けた。ただ、ただ剣を振りつづける毎日。体を動かせば、心もポジティブになってなんとかなるんじゃないかと思っていたんだけどね。………時間が癒してくれるなんてのは嘘だ。大嘘だ」


 先生が今まで見せたことがない顔を浮かべたのを、夜遺はただ見ていた。いくら探しても、かける言葉が見つからない。


「燐は他者に全く関わらない。でも、君には比較的好意的だった。多分罪悪感から来るものだと思うけれど、それでも、それでも良いから、私は燐に真っ当に生きてほしいんだ」


 それから先生は視線を夜遺に向け、真剣な面持ちで言った。


「夜遺君。お願いだ。燐と友達になって欲しい」


 元々寂しそうだと感じていたのだ、なんとなくほっとけないと思っていたのだ。それにちゃんとした理由が出来た。


「分かりました。出来るかどうか分かりませんが、やってみます」


「ありがとう。それじゃあ訓練の続きをしようか」


「え?今から話しに行きたいんですけど?」


「ん?燐は自分より強い奴としかマトモに会話しないよ」


「どこの戦闘民族だよ!」

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神話殺しのアングラホワイト 缶味缶 @KANNMIKANN

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