第2話「閃光のフラッシュロンド」(3)

 射撃訓練で扱ったAIGS用バトルライフル──ハヌマン式ライフルをユウキは軽い緊張の中で抱えていた。


 謎のボディに変えられてしまったユウキではあるが、すっかり体にも馴染み、AIGSの新兵よりはマシな程度に鍛え上げられている。できることを重点的に、それはユウキのリハビリでもあったが、変体ユウキは人間体よりも良く動き精確だ。


 そんな自信が僅かでも生まれた頃。


「ニホン政府からの正式な許可がおりた」


 と、フミ・ウェルナー大尉が、慌ただしく働くフラッシュロンド隊やサイロの巨大ロボ達の中で言う。


 地響き。エンジン音。


 息を吹き返す鉄人形。


 鋼鉄の人型が、蘇る。


 切れていたマリオネットの糸が繋がれる。


「馬子にも衣装ってやつか」


 ユウキの体が、完全に巨大ロボの外装に覆われていた。AIGSそのものだ。そして肩にはフラッシュロンド隊のエンブレムである十字閃光と鐘だ。


 加えて、青肌の美少女カーリーも。


「民間機の巨大ロボを襲撃した未確認機体が、市街地に侵入中とのことだ」


「警察や自衛隊を飛ばしてうちで問題ないんですか。武装した外人ばっかりですよ」


「なので、我々の存在は極秘だ」


「極秘たって4mはありますよ」


「警察に偽装する。白く塗れ。リペイントだ。警察と自衛隊は最悪の関係性だったが、今回の野獣にはさっさと退場していただき、どこの誰が働いたかよりも、誰が主導であるかを警察に譲った形だ。事件が解決すれば手柄は警察となる」


「……嫌な仕事……」


 ハッと、しらけた空気が流れた。


 ユウキは空気感に戸惑っていた。心臓の鼓動とは違うものが熱を帯びて動くのを感じていた。


 緊張する。


 恐怖する。


 ユウキの大きな腕が持つものはハヌマン式ライフルでありテレビゲームのコントローラではない。


 武装して、戦いに出る。


 初めての実戦に、ユウキは身震いした。


 だがユウキはすぐの思考を切り替えた。


 ユウキはシンプルの考え始める。ユウキにできるのは訓練で反復したことと、それを使うものだけだ。できることしかできない、できないことを考えることは破棄して、頭の中の重荷を外した。


「落ち着いているな」


 と、シューターが意外そうな表情で言う。シューターの青い肌は人外だが、全身のほとんどは人間と同じような作りである筋肉は脱力しきっていた。


「シューターは緊張するわけないか」


「いや、今も適度に緊張感を作ってる。戦をするときはいつもそうだ。力を抜き、楽観的に決断し、臆病に物事を考えるくらいが良い」


「シューターは命懸けで戦ったことは?」


「何度もある。父が我を鍛えあげ、我は化身や半身を何度も戦場で見てきた。慣れたものだ」


 シューターは筋をほぐすストレッチ。


「我、戦士ぞ?」


 ユウキは人間の顔では無くなっていたが、その表情は確実に「そうじゃないんだよなぁ」と渋味ですぼまるものだった。



 照明弾があがる。


 民生AIGSを使う犯罪者が、警官隊のAIGSを撃破する程の重武装ということで即応したのがフラッシュロンド隊だ。


 日本国内で国連軍が動くのだから当然に、非公式であったが、日本人が参加しているというポイント重視の為かユウキもチームにいた。


 新人に任された仕事は見守ることだ。


 後方で無線中継機を気球であげている。


「……始まる。みんな無事でいてよ……」


 街灯の光が消えていた闇が一瞬で晴れ、昼間のような明るさが照らした。直後に大型サプレッサで抑制された発砲音と機関砲弾の嵐が吹く。


『トリッキーなヤツだ、FCSが上手く機能しないぞ誤射に注意! 射線を意識することを忘れるな!』


 無線に声が漏れ聞こえた。


 封鎖などとっくに解除された。


 それどころでは無いのだろう。


 状況は、きっと、最悪なんだ。


 ユウキの焦る気が、彼の持つライフルの銃口を不安気に揺らす。


 激しい砲声にユウキは反射した。


 まばゆい炎があがりすぐに消えていくが、闇夜でも立ち昇る煙の影が見えていた。


 苦戦しているのは明らかだ。


 どうする?


 ユウキが迷っているうちに静かとなる。


 終わったのか?


 フラッシュロンド隊が賊を倒したのだ。


 きっとそうだとユウキが思う反面、まったく違う予想が脳裏をよぎっていた。すなわちフラッシュロンド隊が全滅したのではないか?


「そんなわけない!」


 誰1人として、ユウキよりも弱いAIGS乗りはいないのだ。ならば最初に死ぬならユウキであり、最後に生き残っていたのであれば敵は大したことない。大したことないなら、また元気な『仲間』と会える。


 ユウキは信じた。


「シューター!?」


 青肌の巨人が闇より滲み出す。全身はボロボロになってであり、傷つき、切り刻まれた肌からは体液のようなものが止めようもないほど流れていた。シューターは口から血を吐き言葉も出せないほどの深手だった。


 銃弾の傷ではない。


 獣に引き裂かれていた。


 ユウキは駆け寄るが、シューターに突き飛ばされた。青い肌のシューターの後ろで夜が立ち上がる。それは巨大な獣で、巨大過ぎた。


「な、なんなんだコイツ!」


 ユウキは銃口を向けた。


 たぶん仲間をやった奴だ。


 だがユウキは撃てないでいた。


 立ち上がった獣が見下ろす。規格外の怪獣であることを除けば、それは狼が2足歩行しているようであり、獣人のライカンスロープ的であった。


「群狼王ロボ……油断したか。いや、ドローナの子に言い訳などいらぬな」


 シューターは青い血を吐きながら言う。


 青褪めたように青い血がロボとやら獣人の目を射抜くほど鋭く飛ぶが、ロボが僅かに動いてかわし毛並みを濡らして染めるだけだった。


「……ユウキ。いつかシューターて名前に変な顔をしただろ。本当の名前を教えてやろう。だから逃げろよ。俺の名は、アシュヴァッターマン。ドローナの子、チランジーヴィーの1人」


 ユウキはその名前を知っていた。


 シューターが読めと進めていたインドの英雄辞典に載っていた名前だ。コンビニエンスストアで買った安い紙に安い値段の図鑑で、シューターが特に面白がっていた英雄。


 なぜ明かしたか?


 ユウキは察した。


「……人の時代を終わらせるなよ」


 頼むぜい、と、ユウキは最後に聞いた。


 シューターが木の葉を掴み“何か”に変えた瞬間、世界が消滅するような激動が全てを灰と塵に変えていた。



 心臓の太鼓の音を奏でる。


 分解された、英雄、化身。


 ソラを燃え上がらせる愛が燃え残る。


 英雄が化身としての殻を失ってなお自らを再構成して『彼女』が召喚される。

 

 ユウキの岩のごとき変体した肌でさえも罅が入るような産声の衝撃の中から燃え残り再誕したものがいた。化身の姿が消滅し、欠片には純度が残る。


 奇蹟のパルスが脈動し、現実で固定されていた物が耐えきれず塵と崩れる中、ユウキはまだ実体を保てていた。

 

 ユウキは光の中で見た。


 神秘であり奇蹟が起こる。

 

 何かが立つ。


 人の形をして、人の身姿に見える。

 

「うわぁ……あんにゃろ、とんでもないバトンタッチ! 狼王程度に噛み殺されるなんて不死者失格ね!」


 少女に見えた。


 小さく、美しく、可憐。


 人と変わらず、人ではない、シューターと同じ……アシュヴァッターマンと同じ世界にいたような“何か”が顕現している。


 狼王とやらが唸り声をあげる。


 獣が威嚇する様に低く、喉を鳴らし、警告はしても、それは狩りの直前の静かな殺し屋としての姿などでは断じてない。


 狼王は警戒している。


 狩りの対象に少女を置いていない。狼王は少女を天敵として扱い、睨みつけ動きに細心を払っている。


 少女の、燃え尽きた灰のような色の髪が柔らかく熱風の中で揺れ、直後に彼女の手はいつのまにか握り込んでいた剣が狼王の首を斬り落とそうと下から上へ、逆ギロチンに跳ねていた。


 狼王は首を仰け反らせながら鋼の体毛を斬られつつも一閃をかわす──外した剣の衝撃はソラへと吸い込まれ、千切れた雲を消し払う。


 狼王はそのまま4足でもって全力で背中を向けて逃げ去ってしまった。音さえも彼の前には追いつけないほど素早く、次の動きをする前に狼王は夜深くへ潜り完全に姿を隠す。


 躊躇なく逃げたのだ。


「ふぅ〜……」


 少女が止まっていた肺から息を吐く。絶技の後でも、どこか気さくな少女は、ひよこのようにぴょこぴょことユウキに近づいてきた。


 変体したユウキと比べれば少女は遥かに小さく、人間と変わりない。だがユウキの勘では、人間に見える彼女は人間ではなかった。


 そして獣でもない。


「さて選んで」


 少女は言う。


 容赦なくだ。


「フラッシュロンド隊とやらは全滅したし、みんな死んだけどユウキはどうしたい?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スーパーロボットガール大戦GEKI:巨大人型兵器が人型依代として変体する鋼鉄幻想処女の日 RAMネコ @RAMneko1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ