第2話「閃光のフラッシュロンド」(2)

 旧カントウ演習場。


 ユウキは、タテシバを探す為、謎のキャスケット帽子の女の子の正体を知る為、ついでに借金返済の為に猛訓練を繰り返していた。


「これFCS無しでやってんのぉ〜……」


「自前の脳味噌と筋肉だけ、だと……」


 ユウキの隣には、フラッシュロンド隊の貧乏くじ組だ。シューターの暴走で乗機のハヌマンを大破したので暇なのである。そんな二人が望遠鏡で5,000m遠方の標的を見つめる。


 標的は修理不可能なハヌマンのカカシ。


 五秒程経ち『二つ目の穴』が火花とともに穿たれていた──命中だ。


「また当たった!」


 と、ユウキは喜んでいた。


 ハヌマン式ライフルは25mm機関砲を手持ち式にしたものであり、理論上ならば6,000mまで弾が届くし、秒速1,000m強の高い初速ではある。それにユウキの撃った25×137mmのAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)は特に速い弾だ。


「十字傷付き。間違いない。誰かの悪戯じゃあなさそうだぞ。凄いぞユウキ! 素人なのに選抜狙撃手よりも良い指先だ」


 と、興奮したように言っているのはフラッシュロンド隊所属AIGSドライバー、フレア・フレン伍長だ。シューターにサーマルナイフで白兵戦を挑んで大破したのでここにいる。そしてフレアはジャンケンがフラッシュロンド隊最弱なのだ。


 フレアは双眼鏡に目をつけたまま言う。


「降下訓練初日で吐かなかったね」


「吐く口が無いです、フレア伍長」


「フレアで良いよ──また命中だ」


 フレアは命中弾の記録を取る。


 フレアは短くなった鉛筆にアルミニウム製鉛筆ホルダーを接続して延長していた。


「マルフーシャ伍長、なんですか?」


 ユウキがライフルから指を外しながら足元を見た。彼からすれば小さな背でしかない人物が何やらユウキの足を突いていた。


 フラッシュロンド隊のマルフーシャ・ソシエ伍長だ。彼女は少し低めないつもの声で「ほー」とか「へー」と言いながらペタペタ触る。マルフーシャはフレアの次にジャンケンが弱い。


「25mm機関砲弾の反動を完全にロックしてる。射撃試験場のベンチレストて感じ」


 ユウキは照れ臭そうにしていた。


 人の姿から逸脱したユウキだが、仕草は、フレアやマルフーシャが可愛がる程度には素直だ。


 ユウキはあまり喋らない。


 フレアもマルフーシャも、AIGSと変わらない大型で気紛れなユウキに警戒心を最初は崩さなかった。しかし、良くか悪くか、フレアとマルフーシャはユウキを弟のように接し始めていた。


 フラッシュロンド隊の同僚ではなくだ。


 それが、良いのか悪いのかはともかく。


「体力、射撃、基礎科目は寧ろ全部合格点。実戦下でのストレス耐性やら命令に対する服従とか精神面はわからないけど、ハードは精鋭ドライバーだ」


 と、記入を終えたフレアは言う。


「終わり、終わり。PXで何か食べよ。お腹空いちゃった。ユウキは食べたいものは?」


 と、マルフーシャが自分の尻のポケットをまさぐり、マジックテープの財布をバリバリと開けていた。


「……PXか……そうだ!」


 フレアが悪い笑みを浮かべる。


「ユウキくん、初めてのおつかいだ!」


 基地内の普通の人が、見た。


 異様な視線が集中していた。


 縮こまったユウキが基地内を歩く。


 幸い、天井までは3m強はあり、ユウキでも少し屈むことで基地のある程度を歩くことができた。PXまでの道のりはその範囲内だ。


 ユウキへと軍人の視線が刺さる。


「ゆ、勇気をだせユウキだろ!?」


 マスコットとなるユウキだった。



 ユウキはシューターと遊んでいた。


 いつものコンクリート製ミサイルサイロ。


 底のほうでまだ壊れたままの天井から、溜まった雨粒のプールから滝が流れている。


「このミサイルサイロは三〇億くらい」


 と、シューターが言う。


「……新国連か自衛隊、年に五億円くらい貰えないかな。そうしたら四〇億の借金がたったの八年で返却できる」


「地道に戦え、我が化身よ」


「気になっていたんだが化身と、僕を呼ぶけどなんでだ、シューター」


「化身は化身、以上でも以下でもない」


 ユウキはシューターの扱いに慣れ始めていた。シューターがはぐらかす時、答えることはないと察しているので踏み込まない。


 ユウキは本を捲る。


 今の巨大なユウキにもちょうど良いサイズがある『タイタンの写本』という極大な本だ。ユウキからしても本と呼ぶには少し大きい。


「シューターは巨人だが、地球産じゃないだろ。どこから来て、いったい何者なんだ」


「ようやっと我に興味をもったか!」


 シューターの青い肌で美しい顔が、歓喜の震えた。シューターは感情表現が直球だ。喜びは大きく、逆に、怒りも大きい。怒らせたら大変だ。ただそれは喜ばせても、だが。


「おぉ! ユウキ!」


 シューターがユウキを抱き締める。


 シューターは喜びに震え、キスもするし、息も荒くユウキを撫で回して愛そうとする。


「シューター! 発情ダメ! シューター、お前の感情表現どうなってるんだ!? フラッシュロンド隊の人ー!!」


 ユウキはシューターをなんとか引き剥がす。ユウキは息を荒げているように肩を上下させていた。


 シューターは豊満かつ筋肉な肉体を薄く覆う程度しかない衣装のスリットから左の太腿を大胆に晒していた。青褪めた舌舐めずりをしながらユウキを狙う。蛇のように。


「我は愛と怒りを我が内にもつ」


「充分に、身をもって知ってる」


 フラッシュロンド隊を壊滅させた。


 そして肉体関係を発情させてきた。


 ユウキは、シューターの激烈な一面を、少なくとも二つ、見てきた。愛のままに求め、あるいは開放する。怒りのままに力を振るう。どちらか一面だけでなく、ある意味では真逆だ。ユウキは、それらが同じシューターではなく、まったく違う二種が混じっているのではないかと感じていた。極端すぎる。


「……シューターみたいな巨人はみんなそうなのか。破廉恥で暴力的で、凄い大きい」


「いや、寧ろまったく違う」


 ユウキはシューターの心の紐が意図的に弛んでいるのを察した。訊けば話してくれる雰囲気だ。


「じゃあどんなのがいるんだ。シューターみたいな巨人が町にいるのを見たことがない。あの事件──」


 ユウキは記憶がフラッシュバックした。


 謎の巨大ロボが町で暴れ体が変わった。


 ライフル弾で爆発する装甲車の、熱風。


 フラッシュロンド隊に撃たれた、感覚。


 タテシバはいまだ行方不明の元凶の姿。


「──が、初めて、未知との遭遇だった」


 ユウキは首を振り訊くのをやめた。代わりに、シューターの好物を訊いてみた。ユウキは得体の知れない巨人擬きみたいなのになったわけだが、そういう意味では巨人だがほぼ人間に見えるシューターが唯一の、ちょっと心がシンパシーだ。


 彼は初めて質問してみた。


 シューターに興味を持ち始めた。


「お前、好きな食べ物とかあるか?」


 シューターは即答した。


「小麦の粥」


 ユウキは少し考える。


 仲良くはできなさそうだ。



 獣がいた。


 機械仕掛けで人を襲う獣。


 伝承のライカンスロープと似ている。二足歩行の狼人間であり背骨の曲がり、鋭い爪が四肢に揃っている。


 だが体はAIGSと同じ鋼の装甲である。


 獣はセンサの目で静かに獲物を狙った。


 陽気な鼻歌とエンジン音が夜に響いた。


 重機ロボと乗り込むドライバが、仕事終わりに人気のない広場の片隅に、深い影へと無防備に入り込んでくる。


「おい、お坊ちゃんにワーダーの操縦は難しいか!? 駐車するだけでいいんだぜ!」


 と、まだ灯りの残るプレハブのユニットハウスからしゃがれた大声が届いた。重機ロボのドライバが若々しくも反抗的な小言で返事する。


「ッたく……萎えるぜ」


 コマツウォーキングワークスの重機ロボ“VVMC50-3”が四脚のホイールを転がしながら駐機場所へと入る。


 照明の強い光から離れ、強化硝子とロールバーで覆われたシートに影が染みていく。


 獣は襲い掛かった。


「な、なんだ!?」


 VVMC50は獣に抱きつかれた。


 獣は全身を使い、四肢の指で掴む。


 VVMC50は重機ロボの強力なパワーで獣に反撃した。5tもの荷物を持ち上げられる電磁油圧シリンダーに油圧ポンプで加圧が加わり冷えていた油温が急激に上昇した。


「助けてくれェ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る