第6話

「...『アブソリュート』」


そう言った瞬間、体全体が膨張するのを感じ、一瞬で元の感覚は戻る。熱いと感じるほどの体全体のエネルギーを肌で感じながら息を吐くと、体内の熱気との温度差から息が白い。


そして、指先から肩にかけて、カクカクした赤い直線が交差しながら体に張り付くように、伸びていく。


「これが俺の魔法か」


『アブソリュート』は自身の力を魔力出力の限界まで高められる魔法だ。自己完結型の魔法で、周りに影響を与えるものではなく、自身にのみ影響を与える。

この魔法は、特定部位にのみ影響を与えることも可能で、視力、聴覚などの感覚系や骨の高度や再生力まで、高めることが可能だ。

発動時の出力に応じた倍率で、能力が強化されていき出力の1%を毎秒魔力から消費されていく。

出力100毎に、能力が30%程上げられていき、俺の出力から考えると、10倍まで強化することができる。

もし、今4倍の『アブソリュート』を発動した場合、魔力総量6800の俺が魔力出力3000で魔法を発動することになり、6800-3000で、3800から毎秒30消費されていき、126秒維持することができることになる。


色々試行したあと、解除すると今までの万能感が抜けていき、指先から伸びていた赤いラインも徐々に消えていく。


「最大で10倍か...とてつもないな」


ただでさえこの世界の住人は、大人になると魔力循環の影響で、体が強化されていて100メートルを4秒ほどで走る。


身体能力が強化された人間なら、とてつもないことになることなど目に見えている。


ついに力を手に入れた。

とてつもない高揚感だ、まだ使いこなせてはいないがこれからどんどん洗練されていくだろう。


「ちょっと山の奥の方に行ってみようかな」


もう一度、『アブソリュート』を2倍でかけ直し、力を手に入れた高揚感から山の奥へ奥へと突き抜けていく。


そのまま時間を気にせず森の奥へ進んでいくと、前方に巨大な影が見える。

それと同時に、悍ましい肉を食いちぎる音も。


「あれは、レットベアか」


レッドベアとは、森の奥深くに生息している森のボス的な存在で、子供を森に行かせないためによく村では言い聞かされる、恐怖の象徴的な存在だ。


何かがあり、村に降りてくれば村は間違いなく壊滅するだろう。体も3メートルほどの巨大で、赤い毛皮に鋭い爪、そして、簡単に切り裂けるように進化した腕の太さはレッドベアの顔よりも太いほどだ。


だが、そんな魔物を前に俺は一切恐怖心がなかった。


「あれは...喰える!」


その言葉と共に自身の魔法『アブソリュート』を10倍でかける。この自身を絶対的と思わせてくれるような全能感が心を支配し、体の一瞬の膨張とともに体全体、体内からも白い湯気が上がる。

指先から伸びた赤い直線的なラインはカクカクとお互い交差しながら、今度は頬にかかるまで伸びていった。


「ふぅ...」


長く息を吐き、一気に息を吸い止める。


それと同時に駆け出すと、後ろには大きく泥が巻き上がる。


敵との最初の距離は50メートルくらいあったが、それも一瞬で縮まっていく。


あと一歩のところで向こうがこちらに気付き振り向こうとした時には、残りの一歩はもう踏み出していた。


そのまま、スピードに乗った俺の10倍にまで硬質かした拳は、レッドベアの背中にあたりそのままその背中を貫いた。


何が起こったかわからない顔をしながらもう動かなくなったレットベアを、全ての感覚系が10倍で働くスローモーションの世界の中でゆっくりと俺は眺めていた。


「これが、俺の力か」


『アブソリュート』を解除し、今一度冷静になりながら自分が殺した亡骸を眺め、俺は口端を歪め不気味な笑みを浮かべた。


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山賊Aが世界を獲る たのゆ @910kai

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