怪物少女は化けてゆく
ゆのみのゆみ
怪物
怪物になっていた。
怪物になっていたんだ。
手足は醜くただれ。
崩れかけた皮膚と。
漆黒の角が生え。
異形と化した顔。
痛みはなく。
感覚はなく。
視界は色褪せて。
意識は薄れて。
けれども、不思議と身体は動く。
今にも死にかけの。
それどころか、もう死んでいそうな怪物の身体は。
不思議と私の意思通りに動く。
そのたびに、ぐしゃりとした粉が落ちる。
多分、それは肌。
焦げたように黒ずんでいる肌が落ちる。
散らかる廊下が黒ずむ。
引きずる脚からはおかしな匂いがする。
背から生えた異物を壁にぶつけて。
赤色の粘液を巻き散らし、主の失った台所へと向かう。
日差しが窓から差し込む。
吐き気がする。
日差しを躱して。
私は床へと倒れ込む。
崩れかけていた身体は崩れて。
けれども痛みはなく。
私は。
なにかわからなくなる。
私とは何か。
びっくりするほどに私は。
この状況への感情を持ち合わせていない。
ただ身体が異形へと変わり。
それだけでももう少し動揺するべきだとは思のだけれど。
私はぼんやりと壁を見つめる。
どうしてこんなことになったのか。
それは多分。
過去へと遡らなくてはいけなくなる。
10日前。
親が死んだ。
同居している親が。
私を養ってくれていた親が。
もう働く歳だというのに、何もできず腐っているだけの私を養ってくれた親が。
母親だった。
父はいない。
母親は、私を1人で育てた。
いや、育ててはいない。
けれども。
お金を渡して。
部屋を与えて。
寝床と服を与えた。
そして私を怒鳴りつけた母が死んだ。
私を否定してきた母が死んだ。
私を攻撃してきた母が死んだ。
私に期待をした母が死んだ。
私に願いを託した母が死んだ。
病気であっさりと。
私に同じ病気だけを残して。
葬式はすぐに終わった。
母の兄弟とかがきて、すぐに葬式を終わらせた。
涙はでなかった。
親族どもは、悲しみを堪えているだとか言っていたけれど。
ただ私は。
どういう顔をすればいいのかわからなかった。
母が死んだら。
私はどういう顔をするべきだったのだろう。
1年前。
私は学校を出た。
退学した。
退学になった。
成績が低いとか。
素行が悪いとか。
そういうことはあれど、それが原因ではなくて。
ただ無理だった。
ついて行くのが無理だった。
人と話すのが無理だった。
先生と話すのが無理だった。
授業に毎日行くのが無理だった。
毎日のように迫りくる期限。
毎日のように取らないといけない機嫌。
だからもう無理で。
私は学校に行かなくなって。
だから退学になった。
私は人と関わらなくなった。
就職などできるはずおなくて。
私は独り部屋で。
好きだったはずの小説を読んで。
私は小説などを書いてみたけれど。
でも、どうにも上手くはいかない。
ネット上にもあげてはみたけれど、どうにも誰も見てはくれない。
私には、やはり無理なのだと思う。
何が無理なのか。
全てが無理なのか。
全てが無理でした。
何も為せないのです。
何かを成すことが無理なのです。
私には何もできない。
何もできないから。
2年前。
私は友達をなくした。
いや、失くしていた。
失くしていることに気づいた。
友達がいたはずだったのに。
友達だと思っていたのに。
いや、友達だった。
間違いなく。
けれど、ただ維持ができない。
私にはその維持ができなかった。
気づいてみれば、皆が私から離れていて。
私はただ閉じ籠り。
独り学校へ。
行くふりをして図書館へ。
行くこともせず、夢へと。
だれもいなかった。
誰がいたはずだったのに。
3年前。
受験というやつをした。
進学のための。
私の成績は低かったけれど。
どうにも勉強をしようという気にはならない。
ただ私は何もする気も起きず。
しにたいとか。
そういうことを呟いて。
机の前で突っ伏して。
多分高いのだろう教育費を食い潰す。
友言われて受けた学校へと進学はたまたまできたけれど。
それは本当に運が良いだけでしかない。
その幸運も2年後には手放すことになるのだけれど。
思えばその頃から毒虫のようなものだったのかもしれない。
そう思えば私は、変身したのではなくて。
5年前。
私は逃げた。
嫌になって。
いや、元からそこにはいなかったのかもしれない。
少し仲良くなった人と話して。
私は失敗して。
だから、全部が嫌になって。
私は逃げた。
責任を取ることもせずに。
何もかもが嫌になって。
ずっと逃げてきた。
私はずっと逃げてきた。
全てから逃げてきた。
鳥が鳴いている。
窓の外で。
まるで。
怪物となった私を嘲笑うかのように。
いや。
多分。
鳥も、私のことなど知らない。
私は何にも知られていない。
きっとここにはいないのだから。
鳥は、鳴いていない。
黙って空を見上げている。
私も、同じようにしてみる。
けれど、何も起きない。
眩しすぎるほどに明るい空は。
私が見るには、どうにも。
私が照らされるにはどうにも。
良くない気がして。
私は、締め切った窓の中で。
風ひとつない部屋の中で。
息すらできず。
崩れゆく身体を眺めて。
気味の悪い身体を横たわらせる。
10日前。
母が死んだ時。
死んでいると気づいたとき。
父に連絡するべきか悩んだ。
父とはたまに連絡が来ていたけれど。
もうここ2年ほどは来ていない。
それに別に私は父が好きではないから。
父と母は。
仲が良かったのだと思う。
そうでなければ、結婚などしないのだろうし。
私のようなものを産み落としたりはしていないと思う。
けれど、私の知る彼らはいつも喧嘩していた。
いつもいがみ合い。
そして生活の距離をとり。
平行線の議論をしていた。
それは多分、私が産まれてから。
そう思えば。
私が壊したも当然で。
けれど、私を産むのを選んだのは彼らなのだから。
私は彼らに申し訳ないような。
彼らを恨んでいるような。
そんな。
微妙な顔をするしかない。
こんな思いをしているのは、彼らのせいだけれど。
彼らも私以外の、もっとまともな誰かなら。
あんな風に崩れることはなかったのかもしれない。
こんな風に、怒鳴ることはなかったのかもしれない。
そう思えば。
私が悪いのだと。
そんな極端な自己責任論に逃げて。
私は。
壁へとぐちょぐちょな手のひらをこする。
1年前。
私が学校を辞めた時。
全てのしがらみが消えて。
全ての関わりが消えて。
だから、何かをしなくてはいけないと思い。
日雇いというものに挑戦してみたけれど。
それすらも、私にはできなかった。
私などいらない。
世界がそう言っている気がした。
私は誰かと関われないということを。
前から知っていたはずなのに。
何度も同じことを突き付けられて。
「ぅ」
どこかで音がしていた。
それが自分ののどから出たものだと気づくのに、数刻を有した。
どれだけ長く、私は変な声を出しているのか。
いや、声ではなく。
声ですらなく。
それがただの嗚咽でしかない。
ということに気づかないほど。
私は。
なにも。
何も感じ取れない。
何を感じていたらいいのだろう。
ただ。
今は独り。
2年前から。
ずっと独り。
2年前には友達がいて。
いたはずで。
でも、私は寂しかっった。
ずっと淋しかった。
さびしい。
どれだけの人の中にいようと。
私はその輪の中にはいない。
私はどこまでも孤独で。
多分、孤独を選んだのだと思う。
独りは寂しくて。
怖くて。
辛いものであることぐらい。
私は知っていたけれど。
でも。
私は、孤独を選んだ。
それ以外に選択肢はなかったから。
きっとそんなことはない。
多分、何かが違えば。
まだ友達もいたはずなのに。
でも、皆が他の友達と、恋人と、家族と、仲良くしているのを知れば。
私以上に仲の良い物ばかりだと知れば。
どうにもやるせなくなる。
私は、弱いものだから。
なんとなしに弱みを見せてみる。
友達にも悩みを言ってみた。
でも、それも。
意味はない。
小さな勇気を振り絞り。
呟いた悩みは。
皆さんにとっては。
心の底からどうでもよいことなのだから。
そんなことはわかっていたはずなのに。
けれども、私は期待をやめられず。
だから言って。
失望して。
絶望して。
結局何も変わらず。
恥が増えて。
その場にいられなくなっていった。
思えば、そういう人生だったのかもしれない。
何度も。
何度も、同じように。
親は言った。
困ったら助けるから
先生は言った。
何かあったら、相談してください。
友達は言った。
最近、大丈夫?
私は。
その全てを真に受けすぎたのかもしれない。
私が。
どうにも寂しい。
人間が怖い。
皆が恐ろしい。
先の未来に望みが持てない。
過去が私を縛る。
今に押しつぶされそう。
そう言った時。
皆は曖昧に笑うか。
もしくは怒鳴るか。
それか、話を変えようとするか。
それだけだったから。
だから、私は。
何もしたくなくなる。
私は、息をしていたくなくなる。
しにたくなる。
きえたくなる。
そう嘯いてしまう。
誰も私の声など聴いていない。
だから私から出る音は。
嗚咽か。
咳。
答えはない。
鳥はずっと黙っている。
姿の見えない鳥は。
私は。
壁を見つめている。
5年前。
私はあの時に死んでおくべきだったのかもしれない。
あの時まで。
私は愚かにも知らなかった。
それより前の失敗を知らなかった。
無数の失敗を。
皆が優しかったから。
皆が人であったから。
私は失敗を自覚していなかっただけで。
あの時。
誰かが私に言った。
お前とは話したくないと。
それは私が得た明確な拒絶で。
だから私は。
恐れた。
全てを恐れた。
怖かった。
そして。
それまでの曖昧な拒絶に気づくには十分な衝撃で。
7年前。
私は人を蹴落としている。
8年前。
私は人を侮辱している。
10年前。
私は努力を放棄している。
13年前。
私は責任から逃げている。
15年前。
私は人を傷つけている。
18年前。
私は人を困らせている。
恥の多い生涯で。
障害の多い日々。
だから。
私は嘘ばかりついて。
また罪を重ねて。
今は独り。
異形となり。
怪物となり。
壁を見つめている。
それから。
それまでの人生が罪悪で血まみれなことに。
私はきづいて。
だから。
どうにも。
あの時から。
上手く目が開かない。
頭が動かない。
私はあの時から。
異形になっていたのかもしれない。
これから。
私は。
醜い相貌を動かしてみる。
親の消えた小さな一室には。
黒い煤のような何か。
赤色の粘液。
吐瀉物。
血液。
そんなものが散乱して。
見るも無残になって。
私は。
ここで。
消えていくのかと。
もう何日も見ている窓の外を眺める。
何も食べたくない。
何も飲みたくない。
何もしていない。
眠ることすらできない 。
けれど、なぜかまだ。
窓の外を見ている。
もう何日も、同じ景色を見ている。
壁を見ている。
10回以上は空が白むのを見た。
私は。
何をしているのか。
いや。
何をしてきたのだろう。
ただ何もしてきていない。
だけ。
ということ。
ぐらいは。
わかっているのだけれど。
でも。
私は。
ここが終わりなら。
なんとなく。
私にふさわしい。
終わりかもしれない。
私は。
人でなしなのだから。
何もできていないのだから。
全てを壊してきたのだから。
私は。
誰。
なのか。
最後まで。
わからない。
私は一体。
誰なのだろう。
何なのだろう。
うまく。
心が統一されていない。
思うことはちぐはぐで。
分裂して。
喧嘩して。
消滅して。
傷つけて。
破裂して。
私は、何をしてきてしまったのだろう。
だれかを傷つけて、壊すことしかできなかった。
何もできなかった。
何も。
私が唯一、気兼ねなく眺めることができた人は。
私の描いた小説の登場人物だけで。
彼女達は。
私がのぞき見していても、何も言わない。
彼女達が私にきづくことなどないのだから。
でもそれも。
私は。
私は。
せめて。
彼女達ぐらい幸せになってほしくて。
でも。
私は。
弱くて。
どうしたらいいかわからなくて。
幸せがわからなくて。
どう紡げばいいのかわからない。
幸せがどこにあるのか。
私は。
幸せというものを知っているはずなのに。
けれど、それを感じ取れないのは。
私にそういう需要機関がないから。
幸せを感じ取れない。
親からの愛を感じ取れない。
友からの信頼を感じ取れない。
私が感じ取るのは。
恐怖と。
怒りと。
失望と。
そして。
拒絶。
私は人ではない。
のだと思う。
だから。
私は人でなしで。
だから酷く見にくい相貌を見ても。
あまり違和感を覚えることはない。
というよりも。
普段と同じ違和感を感じる。
自分の身体ではないような。
そういう感覚に支配されているのは。
この姿になる前も。
同じ感覚だったのだかから。
だから。
私は。
人として生まれたというのも違うのかもしれない。
ずっと私は死んでいるのようなもので。
死んでしまったのではなく。
ずっと死んでいたようなものであることぐらい。
私でもわかっていた。
わかっていたことだったはずなのだけれど。
私にはどうにも実感はなく。
また過去の中で泣いて。
嗚咽を吐いて。
今の病気に咳して。
閉ざされた未来を眺める。
息とは、こんなにも難しかっただろうか。
こんなにも息苦しいものだっただろうか。
異形になったから。
ではない。
怪物になったから。
でもない。
ただ、私には息をすることはむいていなかっただけ。
生きることは向いていなかっただけ。
早く死んでしまいたい。
そんな思いも。
今から考えてみれば、どうにもおかしい。
だって私は生きていないのだから。
息すらしていないのだから。
だから、わからない。
私は死にたい。
とも言えない。
大体。
死にたいとか。
消えたいとか。
そういうことは息をしている者達の言葉でしかなくて。
私はどうにもそういう意見には合致することは難しい。
今の感情の形を、死にたいと言う風にするしかないから。
そんな風にしているけれど。
でも、どうにも違和感は拭えない。
私はもう生きていない。
ほとんど死んでいるようなものなのだと思う。
周りに人もいなくて。
誰も私を見ていない。
誰も私のことなど知らない。
私が残したのは、酷い傷跡と、毒にも薬にもならない紙束。
それで生きてきたと言えるのか。
言えるはずもない。
私は死んできた。
ずっと死んでいた。
ただ人として生まれることに失敗して。
人ではなかった。
この姿となる前から。
私は人ではなかった。
酷い過去がそれを物語っている。
それが悲しくて。
辛くて。
だから消えてしまいたくて。
消えているようなものだけれど。
けれどとにかく。
私は死にたい。
というよりも。
私は生きていけない。
生きていたくない。
息をしていたくないのだと思う。
思う。
想う。
私を想う。
私とは何のか。
私とはだれなのか。
私は。
一体、これまで何をしてきたのだろう。
なにをして。
消えてしまいたい。
その果てがこの醜い相貌なら。
だれもが私を置いていったのも、当然かもしれない。
誰もが、私を見捨てていった。
私など。
皆が私を嫌って。
嫌っているのだから。
私はこうして怪物になるしかなかったのかもしれない。
いや。
人ではなかったのだから。
人でなしなのだから。
私は怪物だった。
ずっと私は怪物の死骸でしかなくて。
だから人の社会からこうしてつまみ出されているのだと思うから。
私はそして。
そして怪物になっていたんだ。
怪物になっている。
怪物になっていく。
怪物になって逝くだけ。
怪物少女は化けてゆく ゆのみのゆみ @noyumi
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