第5話:ひとまずの終わり
「やはりペースト飯か……」
翌朝。私はピピピと言う機械音で目が覚めた。ホテルの朝食場に向かい食事をするが、やはりペースト飯が基本である。
「……美味しいのだが、やはり物足りないな」
一つだけ分かったことがある。結局のところ食事はバランスなのだ。
旨い物ばかり食べても、不味い物ばかり食べても。
何時かは飽きてしまう。初めの頃は楽しく食べていたペースト飯だが、故郷のコメと味噌汁が恋しい。
「……日本に帰ろう」
ドアに向かう途中、ニサ君と出会ったのでしばらくこの世界に来ないということを説明しようとした。……ニサ君は苦虫を画面に表示しかみちぎっていた。
「あー……。そうかオッサン。そりゃ構わないんだが……。実はマザーが最近不安定期に入っててさ」
「……不安定期?」
「オッサンがこっちに来るドア、……無くなるかもしれない」
その言葉に困惑した。つまりこちらには永遠に来れなくなる可能性があると言うことになる。
「……そんな」
「ま、仮にだけどな。もしかしたら今まで通りのドアになるかもしれねぇさ!」
そうは言っているが、ニサ君の表情……画面は暗い。
「……そうか。なら……」
「……最後になんか食っていかねぇか?」
◇
そういって案内されたのは、あるレストランだった。
高い店……と言う訳ではないようで、様々な客たちが食事を取りに来ている。
「どれでも好きなの頼んでいいぜオッサン」
「……なら」
私は迷わず……。日本食Aを選んだ。
「そんなんでいいのかオッサン?」
「……あぁ。今一番食べたい気分だったんだ」
そして数分の沈黙が続き、食事が提供された。
それはコメと味噌汁、あと人工ウインナーと代替卵焼きの日本人ならこれでいいんだよとなる物。それを一口食べ、私は結論を出した。
「……私はこの世界は嫌いじゃない」
「……」
「……けど、私には私の。君には君の居場所がある。……私はこちらの世界にとどまることはできない」
故郷の味には程遠いそれを食し、私は一つため息を吐く。
「……そっか。そうだよな。オッサンには……故郷があるもんな」
ニサ君も同様にため息マークを表示していた。
「俺はこの世界が好き。オッサンはオッサンの世界が好き。……飯に関しても同じ。俺はペースト飯が好きで、オッサンは……元の世界の食事が好きなんだ」
「……」
「……もう会えなくなるかもって思うと、寂しいけどな」
味気ない食事を頬張り、私は帰りのドアまでやってきた。そこにはニニ君もやってきていた。なにやら紙袋に包んだ物を手にしている。
「オッサンもう帰るのか。……帰るってことは、もう会えないかもってことか」
「あぁ。……ニニ君は帰れないんだったか」
「俺は良いよ、別に。戦争も終わってなさそうだしな」
そんなことを言いつつ、彼はその紙袋を手渡ししてきた。中には……この世界で食べられているペースト飯が五食分入っていた。
「……もしまた会えたらよ、なんか甘い物持ってきてくれよな!」
そういってニニ君は帰っていった。残されたのは……私とニサ君だけ。
「……オッサン」
重苦しい雰囲気の中、ニサ君が口を開いた。そして……私に素顔を見せてきた。
「君……女の子だったのか?!」
「誰かに素顔を見せるのはこれで最後だからな!……俺はオッサンがこっちの世界に来ること諦めてないからな!」
「えぇ……」
「だからよ!……もし来たくなったら来いよ。……俺はオッサンが来るの、待ってるから」
「……そうだな。定年退職したら……私もこちらの世界に来るよ」
……二度と会えないかもしれない。このドアを開いて次に開けた時、もしただの物置に戻っていたのなら……と、考えるが首を振りドアを開ける。
「……じゃあ、また会おう!」
「……あぁ!オッサン!」
◇
目が覚めると、私は物置の前に転がされていた。急いで物置を開けてみるが、そこにはただ掃除用品と埃が無造作に連なっているだけだった。
「……」
アレは夢だったのか?と思ったが、手にしている紙袋と腕についている物が現実だと言うことをありありと証明していた。
「……」
しばし立ち尽くした後、私は寝ることにした。明日は会社だからだ。
会社では上司がクビになったと言う事を告げられた。そしてその代わりに……私がその立場につくことになった。
「アンタなら安心だな!」「頼むぜ!」
……私はこれまで、誰かの上に立って仕事をするなんて考えていなかった。とりあえずそれなりに稼いで、それなりに生きればそれで満足だった。……だが今の私には一つだけ目標ができた。
「……!これからもよろしくお願いします!」
……もう一度、ニサ君に会いたい。
……それだけだ。
◆
「……」
あれから一年ほど経過した。上に立つ立場というものは辛いと言う事が分かったが、同時にやりがいがあると言う事も分かった。年甲斐にもなくはしゃいでいる自分がいる。
「今日も変化なし……か」
……私は今日も物置を確認している。もしかしたらひょんなことから戻っているかもしれないと、一日一回必ず。
「……ま、そうそう会えるわけが……」
「おい押すなって!ようやくこっちの世界に来れる機会だからってはしゃぎすぎ!!!」「うるせーーーーーーーッ!一年かかってようやく説得したんだぞ?!」「うおぉっ飯!こっちの世界の飯ッ!!!」
……?!
「……よっ久しぶりオッサン!飯でも食いに行こうぜ!」
物置から行ける、ディストピア世界飯~今日の朝食は謎のペーストと謎肉、あとクラッカーと錠剤~ 常闇の霊夜 @kakinatireiya
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