さやざいの謝罪

イタチ

1

「虫唾が走るんだよ」

病院のベッドのシーツの上に、投げられたようにいる老婆は、病院の縞模様の水色と白のパジャマの上下を、着て、点滴を、打たれている

周りに人はおらず

ベッドの横の丸椅子の上には、スーツ姿の五十台の男性が据わって、困ったような笑みを浮かべていた

「あんたが、孫を、殺したんだ、くそナースどもめ、どうせ、金をもらって、また動けないことをいいことに、ここに寄こしたに違いないんだ

このくそが、人殺しが」

黒いスーツの男は、微動だにせず、その横には、持参したケーキが、置かれている

「すいません佐藤さん、全て、全て、私が悪いんです」

老婆は、何も言わない

「あんたが、私から奪ったものは、金では、解決しない

あんたが、三千万円、老い先短い、私に支払ったところで

孫の顔が見れるかい

お見舞いに、娘夫婦が、来るというのかい

葬式は、誰が喪主を務めるんだい

あんたは、あんたは」

目の前の男は、椅子に、座り、首を垂れていた

「くそが」

幾ら言葉を並べても、それはガス抜きで、ガスが無くなることはない

全ての元凶は、こいつに、目の前のこの男に、埋め込まれた

そして、それを、解決し、そして、これほど、嫌味を言って、嫌われているのも、元はと言えば、こいつのせいである

「すいません、私が幾ら誤っても」

老婆は、その繰り返される練習した就職活動の学生のような言動に、飽き飽きしていた

マニュアルい相手に、何を言うべきか

ai相手に、自分は、話す必要性はあるのか

一人、血管が、頭の中で、踊り狂うような、イラつきの中

老婆は口を、出した

「全てを、返してくれ」

男はその言葉を聞いた時、すくっと、立ち上がり、鞄を開いた

その黒いアタッシュケースには、自分の仕事の書類なのであろうか

それは、ファイルの中に、パンフレッドのようなものが、カラーで印刷されており、しょれなりに厚く硬い素材に見えた

「あなた様は、家族が欲しいのですか」

老婆は、鉄砲を食らった鳩豆のような、目で、相手をにらむ

何を言っているのだろうか

「なにをいけしゃあしゃあと、私は、家族じゃあない

あのあの、お前が、消した

消えさした、殺した

あの家族だ

あんたは、何を言っているんだい」

男は、ファイルを片手に、もう一度、老婆を見た

「失礼ながら、わたくし、調べさせていただきました

あなた様は、良く入院されますが

そのお見舞いに、一度も、ご家族は、来ていませんね」

老婆は相手を見る

「そりゃ、東京から、来るわけないさ、年に一度は、入院するんだから、しょっちゅう、交通費だって」

相手は、老婆から目を離さない

「彼らは、年収六百万円ですし、お金に困っているようには、少なくとも、私からは見えません

それに」

そいつは続けた

「それになんだい、大きなお世話だ、プライバシーの侵害だよあんたは、あんた、それでも、加害者の自覚があるのかい、あんたは」

男は、口からすらすらと言葉をつなげていった

それを前に老婆は黙る

手は握られて、細い腕には、血管が、浮かんでいた

そのわきには、点滴が付流れ落ちていく

「入院もそうですが、お盆、おじいさまのお墓参り、大みそか、新年にも、帰っては」

老婆は怒鳴る

「うっさいんだよ」

しかし、その大声が、廊下に、なぜか響こうとも、ナースたちは、入ってはこない

「それが何だってんだい」

「近くの県のテーマパークSISには、家族そろって言っていますね、あなたのご実家よりも、三十分も車で遠いですし、有料道路も、七千五百二十円も高い

それに」

枕をよけながら、男は続けようとしていた

「あんたは何しに来たってんだい

そりゃ、あんただって、遊ぶことや、秘密はあるだろ

何かやるたびに、金だの、相手の感情何て、気にしないことだってあるだろう」

男は、口を開き続けていた

「旦那様方のお父様のお墓参には、毎年参加されていらっしゃりますね

葬式も、当日に」

「うるさいんだよ、私を、虐めに来たのかい、あんたは、私の、娘と、夫と子供を、二人、殺したんだ

その上で、そんな事を、あんたに」

男は、なおも、

続けた、その表情に、変わりはない

ただ、淡々と、吐き出すために、台本を読んでいるように

「私は、あなたに、悪意を向けてはいけないと言うものはありません

虐めてはいけないと言うものも

でも、幸い、私共の会社は、この国で、一番のaiを、作っております

全ては完璧です

あなたには、完璧な家族を、進呈します

普通では、一億ほどかかりますが、それを無償にです

私の過失によるものですから、これが、償いになるとは、到底思えません

しかし、あなたほど、感情のある方に、あのような、冷徹な方々は、如何に、心を、ずたずたに、引き裂いたことでしょう

私共が、あなたに、完璧な、親子を、四人、お送りいたします

この度は誠に申し訳ありませんでした

また、謝罪に、来させていただきます

すいません、それとは別に、新しい家族の提案も、別件で、本日は、

お時間をとっていただき、真に、ありがとうございます

本当に、申し訳ありませんでした」

男は、ゴミ箱に、ケーキが捨てられた後、病室を出ていく

直ぐに、待ちかねたように、ナースが、部屋の中に入るが、怒鳴り声が止むことはなかった


「それで、これが、停止ボタンで、一見すると、人間と寸分の狂いもありません

人間がこれを、機械だと認識することは、出来ないでしょう

ただ、中身は、全て機械です」

老婆が、機械の話をされて一年後

機械が、老婆の前に立っていた

数人の作業員

そして、あの殺人犯が、目の前にいた

「それでは、何かありましたら、ご連絡、電話にお願いします

一月後に、メンテナンスを兼ねて、何かないか、お伺いに上がります」

市の職員や、デイサービスの連中が、良かったねと、ほざきやがる

老婆は一人、広い畳の上で、この現状を、見ていた

家族が死んで、東京に向かい

全ての納骨が終わった時

裁判を前に、老婆は、倒れていた

裁判は、車メーカーの欠陥により、男に罪は、存在しなくなってしまった

それもすべてが入院中の出来事であった

男に、罪はなかった被害者だったのだろうか

そう思いたいが、しかし、老婆には、全てが納得がいかなかった

全てが何かに丸め込まれているような気がして

なにか、ものすごい物の損失を、どうでも良い物で穴埋めされたところで

何一つ解決には至ってなどいない

老婆は、機械を前に言った

「お前は何なんだい」

結婚式以来、あまり見た事のなかった顔に、瓜二つの男が

自分のことを、直ぐに、お母さんと言った

何かお加減に、不具合は、ありますか、何か買ってきましょうかと

子供は、走り回っていたが、娘にたしなめられて

こちらに、恥ずかしそうに、顔を見せる

そのすべてに、何ら違和感はない

しかし、全て自分が経験したことのない経験だった

これは、こいつらなのだろうか

私は、何を、見せられているのだろうか

お勝手に、作られた料理

全てが、娘に教えたはずの料理だ

しかし、一度、彼女の家に行ったとき、そんな料理は、一つも出て来はしなかった

全てが、新しい、一度も食べた事のない料理であった

しかし、目の前には

それは、彼女が、作らなかっただけなのか

それとも、覚えても居なかったのだろうか

しかし、目の前に、湯気を立てる料理は、自分自身が、教わった料理そのままであり

みなで、食卓を囲み

自分が、音頭を取り、頂きますと言って、箸をつけた

その料理の味は、自分のよく知るそれで、間違いなかったのである

「美味いか」

私は、自分で作ったわけでもないが、孫に、そう聞くと、満面の笑みで、頷く

どうなのだろうか

ショッピングモールで、家族連れを見たり、するときの自分と、一人でいる時の自分

その時の差は、どちらが良いのだろうか

小さい自分、恋人に、自分は、憧れただろうか

これは、ただの幻想であろうか

いや、嘘だ

私の感情のために、誰かがいるなど、意味の分からない事があっていいわけがない

私は、なにも望んじゃないな

ただ、こいつらの望んでいる私を演じさせられているだけじゃないか

私は、そこにあった皿の一つをつかみ

相手に投げつけた

「お母さん大丈夫ですか」

そいつは、本当は、実際なら何と言っただろうか

非常識だと、怒っただろうか、それとも、私が、投げつける事なんて、絶対に、無かったのだろうか

孫は、そんな事は意にも介さず、怯えることなく、ただただ座っていた

それは娘も同様で、気持ちが悪い

あの子は、そんな簡単な性格じゃなった

どこからどこまでが本当かなど分からない

孫がどういう反応を示すかなんかも、実際には、今目の前のが、正解の態度だったのかもしれないが

そんな事は、どうでも良い

私を通したときなんて、何の意味もないのだ

「機能停止 スリープ」

何度も聞かされて、私の中で、繰り返された言葉は、たかだかと、ただのお勝手に、響く

何でもない、どうでも良い、そんな事さえ、一流企業が、開発しても、まだまだ発展途中だったらしい、本当のことなんて、何一つ、表現できない

外見ばかりで、中身が、てんでお粗末だ

本当に、こいつらは、優秀だったのか

私は、それらに、布をかけると、風呂に入り、眠りについた

久々に見た夢は、とんでもない悪夢のようであった

翌朝、あの男が、チャイムを鳴らし玄関に立っていた

「おはよう」

わたしは奴に声をかけた

「おはようございます、よく眠れましたか」

相手は、にこりと、笑う

「とんでもない悪夢を見たよ、今も続けている」

相手は、お辞儀をする

「申し訳ありません、わたくしのせいで」

相手は深く深くお辞儀をした

それは、自分の為であろうか、それとも私の為であろうか

よくよく考えれば、奴がここまでする理由は何だろうか

私は、相手を、茶の間にあげてお茶を飲まないかと聞く

「いえ、私は、今日はここで」

私はそれを無理やり引き連れた

「たいして面白くもないかも知れないけど」

相手は、身構えることもなく、嫌味を言われるのだろうと、そう思って居たかもしれないが

茶の間に上がった

「すいません、実を言いますと、私は、ロボットなのです

あなたには、愚痴を、言うためのそんなものが必要でして」

そんなことを、相手が言いださないことを、私は願いながら

あの布の四体を、直ぐに撤収してくれと、懇願する

感情が、どうにかなってしまいそうだ

「はい、分かりました、直ぐに手配します」

ほどなくして、家からは、何もなくなった

それでも、時折あの男は、この家に来るのであった



私は、五人の家族を殺してしまった

それは日ごろの会社の疲れによる

居眠り運転であった

親戚のいない

その家の人間を、私は、全財産を、投じるように、調べ始めた

そして、その家族が、殆ど合わず

その日、彼女が、入院するというので、その祖父母のために、家族が、何年ぶりに、集まった

そんな日だったと言う事を、私は知った

犬猿の仲だったのか、今となっては、分からない

しかし、私の絶望感は、何もできない

何をしてもそのことが頭をよぎる

医者は、トラウマに立ち向かうには、トラウマをもう一度という

私は、あの家族を、作り出し

そして、最悪の場合において、謝罪を、しなければと、そう考えるようになっていた

そして、救いを求めるように、私は、何度も何度も何度も何度も

謝罪を繰り返したが

所詮それは、ロボットである

どれほどそれが本物であろうと、本物と同等であろうと

それが嘘だとは見抜けなかろうと

それは、嘘であり、罪悪感だけが、それが嘘だと、証明した

私は、救われることは無いのだろうか

その嘘は、ロボットには、分からない

そして、私でさえ、これを、書いている人間の謝罪と、罪悪と、絶望を、慰める嘘でしかなく

それは何解決にも至らない嘘の謝罪なのである

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