03 誰かの思惑に巻き込まれないためには

――ライラック辺境伯家は聖女アサヒを帝都に連れてこい。それが不可能な場合は、代わりにナターシャを嫁がせよ。


 フィリップ皇太子からの書簡にはそんなことが書かれてあったので、私はこの一ヶ月で温めていた作戦を実行に移すことにした。領城にある領主執務室へと向かうと、お父様は憂鬱そうな顔で項垂れている。


「お父様。書簡はお読みになりましたか?」

「あぁ……だが、どうする。アーサー君が男性なのは私もこの目で確認した。彼を皇家に引き渡せば、いずれ性別の件がバレて大騒ぎになることは明らかだ」

「そうですね」

「だとすれば、ナターシャを再び帝都送りにするしかなくなるが……私は気に食わない。偽聖女の汚名を着せてナターシャを送り返しておきながら、今度は聖女の代用品のように扱われるなど……こちらを舐めているとしか思えん」


 まぁ、舐められているのは間違いないだろうね。

 お父様は口が達者なタイプの貴族ではないし、感情的になって理不尽な行動をするタイプの貴族でもない。帝都の貴族にしてみたら、聞き分けの良い田舎貴族という程度の印象しか持たれていないだろう。


 武人としてのお父様の強さを知る者は、帝都にそう多くはないから。


「こういう時のために、私は準備していました」

「……準備?」

「そう。帝都で知り合った高位貴族を中心に、ずっと手紙のやりとりをしていたんですよ。だから、あとはお父様の手で作戦を発動してもらうだけでいい」


 私がそう言うと、お父様は目を丸くして固まる。

 本当に、お父様は貴族として上手く立ち回る才能に恵まれなかった人だけれど。二年半も帝都の貴族社会で揉まれてきたからこそ、この真っ直ぐさは眩しいなと思うんだよね。なんかホッとするよ。


「お父様から各貴族家に手紙を送っていただきたいのです」

「手紙? それは、どんな」


 キョトンとしているお父様に、私は告げる。


「――私とアーサーが結婚する、と」


 ふふん、これはなかなか良い手だと思うんだよ。

 私はそうして、ついつい口元をニヤリと歪めてしまいつつ、お父様に作戦の詳細を説明し始めた。


  ◇   ◇   ◇


 私が行動を始めたのは、騎士を追い返してからすぐのことだった。


 実のところ、フィリップ皇太子に婚約を破棄されてから、様々な方から「うちの嫁にならないか」というお手紙を頂いていたんだよね。

 名だたる大貴族の御子息であったり、隣国の宰相の血縁者であったり、国を跨いで商売をする大商会の幹部であったり、東神教の枢機卿の甥なんていう話もあった。モテモテである。まぁ、帝都では慈愛の聖女様の仮面を被って淑女として活動してたから、本性を知られたら幻滅されてたかもしれないけどね。ただ、誰と結婚しても私の魔法薬研究の妨げにしかならなそうだったから、お父様にお願いしてそういうのは全て断ってもらっていた。


 そんなわけで、私は次から次へと届く手紙全てに丁寧に返事を出していたのだ。相手によって言い方は変えるけど、内容はだいたい似たようなものだ。


――私は突然の婚約破棄に傷心していたが、そこでアーサーという素敵な青年と出会った。アーサーは帝都での立場などを全てを投げ捨てて、辺境で私と暮らしてくれると決意してくれた。


――アーサーは私の研究のことも理解してくれて、協力を約束してくれている。彼はとても有能なので、魔法薬の研究はさらに加速している。今後は皆様のもとに、さらに便利な魔法薬を色々と届けられると思う。


――皆様が婚約破棄された私などを気にかけてくださったことには深く感謝している。これからも良い関係でいたい。どうか、私とアーサーのことを笑って祝福してくれないだろうか。


 という感じで、一応明言は避けつつ「あぁ、恋人ができたんだなぁ」と思ってもらえるような手紙を各所にガンガン送っておいたのだ。

 なので、お父様が関係各所に「アーサー君をナターシャの婿にする」と通達しても、みんな「良かったなぁ」となるわけである。やったね。


「そういうわけで、アーサーは私と結婚することになったんだよ。勝手に決めてごめん」

「えぇぇ……それはまた急だね」

「まぁ、これが最善手だからさ。婚約者不在のままでいたら、アーサーも私もいつどんな口実で帝都に連れ戻されるか分からないからね。偽物のレッテルを貼られた私に同情的な印象が残っているうちに、一気に足元を固めたいんだよ」


 まぁ、異世界から勝手に召喚された上に、私の婚約者って立場を押し付けられるアーサーには申し訳ないの一点張りだけど。でも、これからもフィリップ皇太子の横暴を跳ね除けるには、これくらいする必要があるからね。


「私の容姿とかはアーサーの趣味に合わないかもしれないけど」

「いや、すごく美人だから僕のほうが恐縮だけど……逆にナターシャは僕でいいの?」

「もちろん。これで遠慮なく異世界の薬学を根掘り葉掘り聞き出せるしね」


 悪いなぁとは思ってるけど、仕方ないよね。

 誰かの思惑に巻き込まれないためには、チャンスを逃さずガンガン動いていかないといけないって、私は過去の経験から学んだのだ。アーサーには不自由を強いる分、できるだけ便宜を図ろうとは思ってるよ。


  ◇   ◇   ◇


 さてと、あとは私から仕上げの手紙だ。

 これまでアーサーとの甘々な惚気話(捏造)を送っていた人たちに、これまでの内容や現状を踏まえて、さらに手紙を送りつける。


――アーサーとの結婚が決まって私はウッキウキですが、どうやらフィリップ皇太子はそれが面白くないらしいです。


――本物の聖女様が逃げた責任を、どういうわけかライラック辺境伯家へ押し付けようとしているようです。アーサーの正体が逃げた聖女様だなんて与太話まで始めたので、私はとても困惑しています。


――聖女を返さなければ私をまた嫁がせろだなんて無茶を言われました。応じるつもりはまったくありませんが、何か強硬策に出られるんじゃないかと不安で、夜しかぐっすり眠れません。


 だいたいこんな感じの内容をうまく体裁を整えて送っておいたので、たぶんフィリップ皇太子が公の場で何かを喋っても「うわぁ」としか思われない空気にはできたかなと思う。


 さて、そんなある日のこと。

 研究所の自室で、そろそろ就寝しようかと思っている私のもとに来客があった。というか、アーサーだった。ほほう、なるほどね。婚約したからさっそく夜這いにでも来たのかな――というのは冗談。まぁ、そういう人じゃないのは分かってるけど。


「その……ナターシャさんと少し話をしたくて」


 そうして、アーサーは真面目な顔をして、私の部屋の椅子に腰かけた。

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2024年9月30日 12:00
2024年10月1日 12:00
2024年10月2日 12:00

伝説の偽聖女様 まさかミケ猫 @masaka-mike

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