未来泥棒

功琉偉つばさ @WGS所属

未来泥棒

「では、今日は『未来の自分』について作文してみましょう」

 ある日の授業でそう言われた。高校生なのに、そんな小学生みたいな内容の作文なんか簡単に書け・・・・・・


◇◆◇

 

 私は白羽未来しらはねみく。高校2年生。

 今、総合の授業で先生から『未来の自分』についての作文を書きなさいって言われている。はじめは、


『未来の自分なんていう小学生みたいなお題のものなんか簡単に書ける』


 って思っていた。でも、意外と内容が思い浮かばない。私って将来何になりたいんだろう。どこの大学に行きたいんだろう。まだ何も決まっていない。

 こないだ配られた進路希望調査が白紙のまま提出日を迎えてしまったからとても心がいたんだ。なんであんなにも白紙って言うだけで心が痛くなるんだろう。

 流石に何も書かないわけにはいかないので、とりあえず無難な偏差値の大学を書いて出した。学部は総合理系。まあ勉強がそこまですば抜けて良いわけではない私にとっては、何も決まっていないっていう証にもなってしまう。

 そんな中、この作文のお題。簡単なはずなのに何も書けてない。

 今、彼氏もいない私は結婚しているのかな? ちゃんと仕事につけているかな?そんな考えても仕方ないような不安ばかりが頭に積もっていく。


 そう考えている内に授業が終わってしまった。また白紙のままだ。この作文は絶対に提出しないといけないらしく、来週までに完成させないといけない。今日も憂鬱な気分で家に帰る。


◇◆◇

 

 私の親は結構放任主義だ。


「あなたがやりたいことをやりなさい」


 なんて多分他の人にとっては願ってもないようなことを言ってくる。もちろん、そんなお父さんお母さんが好きだ。でも、やっぱり変なプライドかもしれないけれどやりたいことがないなんていう些細なことで心配をかけたくない。

 そんな話が余計に私の心を苦しまている気がする。

 学校では何か、変な小さい『一人で悩まないで』なんて書いている相談所の紙なんかが配られる。でも、そんなところに相談するようなレベルの話じゃない。

 だって、こんなこと相談されてもきっと相談員の人も困ってしまうだろうから。

 だから、


「いつかは自分のやりたいことが見つかる」


 と前向きに考えて過ごしてきた。

 でも、やっぱり白紙の作文用紙はずっしりと来る。


「なんて書こうかなぁ」


 白紙は嫌だったのではじめに


『未来の私 二年三組 白羽未来』


とだけ書いておいた。でも全然書くことができない。これじゃあ白紙と一緒だ。書く内容が何も思い浮かばない。将来がない自分がとても嫌になってしまった。


◇◆◇


 苦しい。苦しい。


 自分の未来が思い浮かばないことが、こんなに苦しいことなんだとは思いもしなかった。いつの間にかこの原稿用紙の提出期限が明日に迫っていた。もう何もかも嫌になってしまって家を飛び出た。 あの白紙の原稿用紙を持って。

 そして走って走って、走りまくった。普段全然動かしていない身体がとても驚いている。

 自分の未来がわからない。自分のやりたいことがわからない。自分がなんなのかがわからない。 私って一体何者なんだろう。

 ただただ毎日同じように起きて学校に行って、将来何のためになるのかもわからない勉強をして、宿題とか時間とかに追われて一日が過ぎていく。

 私は何のために生きているんだろうか。

 走り続けていたらいつの間にか海についていた。家族でよく来た海。ここは家から車で十分くらいだったはずだ。小学生くらいの頃にお母さんと歩いてきたが、もっと時間がかかった記憶がある。

 私はこんなにも大きくなっちゃったんだ。将来も未来もない空っぽの箱みたいなものに。

 

 暫くの間、走ってくしゃくしゃになって原稿用紙と海を見ながらボーっとしていた。


『私って生きている意味あるのかな・・・・・・』


 身体が勝手にそう思ってしまった。もう何も考えることが出来ない。考えずにそのまま足が海へと向かっていく。足首までなら良かった。でももう私はわたしを止める事ができない。どんどん進んでいってしまう。そして膝まで浸かってしまった。

 もう後戻りすることはできなかった。どんどん体が勝手に進んでいってしまう。これから死ぬのだと言うのに不思議と恐怖は感じなかった。もう肩まで浸かるというその瞬間。


「おい。何やってるんだ!」

 

 浜辺の方から怒鳴り声が聞こえた。私のことを呼んでいるなんて考えもしなかったからそのまま進んでいく。すると、急に腕を捕また。そしてそのまま引き戻されていく。

 海の冷たい水で何も感覚がなく、力が抜けている私は抵抗することもできず、そのまま浜辺へと戻された。


「おっ、お前何をやっているんだ」


「な、何って・・・・・・もう私未来のない人間だから、もう終わりにしようって思ってたの」


「何を馬鹿なこと言っているんだ。行くぞ」


 そう言って私はされるがままに私を救けた人の家へと連れて行かれた。その時はもう目も見えていなかったから誰なのかはわからなかった。


◇◆◇


 気がつくと知らない天井の下のあったかいベッドで横になっていた。


「ここは・・・・・・」


「おっ、気がついたか。お前海に入って死のうとしてたんだぞ。溺死が一番つらいらしいのに本当に馬鹿だなぁ」


「なによ」


 その声の持ち主を見ると同じクラスの黒羽優悟くろばゆうごだった。


「どうして私を救けたの?」


「なんか救けてって声が聞こえた気がしたから。あの背中を見たら救けたくなるよ。お前、未来がないって言ったな」


「うん。だってそうでしょ、『未来の自分』がわからないんだもん。なんか『子どもたちの未来のために・・・・・・』なんていう謳い文句の会社とかあるけど、それじゃあ逆に未来のない子はいらないてことでしょ。私、未来がないんだもん」


 言ってしまったと思って黙ってしまう。


「そんなことで死のうとしてたのか?」


「・・・・・・」


「は〜あ。お前本当に馬鹿だなぁ未来なんてそこら辺にあるのに。未来がないから死ぬ?ふざけんなよ。生きなきゃ未来が消えるんだよ」

 

優悟はいきなり感情的に話した。


「なぁ、俺の妹なんか本当にそこの海で溺れちゃったんだよ。未来が盗まれちゃったんだよ。いいか、未来だけは絶対に盗られるな。俺達は未来を等しく持っている。そんな大事なものを自分から手放そうとするような馬鹿なことあるか!」


 何も言い返せなかった。


「未来泥棒ってのはこの世界にはたくさんいるんだ。そんな奴らに未来を盗まれるなよ」


 そう言って優悟は私の体が温まるまで待ち、家に帰された。


「急に家を飛び出してどうしたの?」


「ん、友達のところに行ってただけ」


 そう言って自分の部屋に帰った。そしてくしゃくしゃになって、濡れてもう跡形もないような原稿用紙を机に広げた。


「私はもう自分から未来を手放さないよ。 さて・・・・・・これどうしようかな」


 あんなことした自分が馬鹿らしくなって思わず涙目になって笑ってしまった。明日、学校に行ったら優悟になんて言おうか・・・・・・ そんなことを考えながら少しだけ書いてみた。

 

『私の夢は生きることです。未来は生きていないと持っていることができないのだと少し前に実感しました。未来を盗まれないように自分の力で生きていきたいです』


 我ながら小学生みたいな幼稚な文章だ。それでも白紙ではなくなった。誰かに相談でもしてみようかな。白紙の苦しさはもうない。

 未来泥棒、これからの私は負けないよ。

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