キミのモノだよこの世界は

@sk0630

第1話 夏の高架線

 夏休みにどこにも行く当てのない俺たちは高架線の下に逃げ込んでいた。強い日差しから守ように影が優しく包み込む。俺はカバンからデジカメを出して、さっき山で撮影した写真を見てみる。その隣で空がコンビニで買った溶けかけのアイスを口にしながら、山から湧き上がる入道雲を眺めて口を冷やしている。

「そういえばさ、夏前に告白してきたテニス部の女子とはどうなったの?」

「あの子とはなんもない」

淡々と答えた横顔は、あまりにも清く未練がなかった。さっぱりとした彼の態度に、勇気を出して告白した女子にちょっとだけ同情をした。

 ソーダを一滴も落とさずに食べている空にカメラを構える。レンズの中でもアイスを頬張っている。嫌な顔をしないから、そのまま黙ってシャッターを切ってやった。

空はどこか掴みどころがない。高校1年の三学期。雪が振りそうな重い天気の日に転向してきた。凛とした顔は校内の女子の視線を一気に集めた。2年生に上がる頃に彼が女子に呼び出されているところをよく見かけた。放課後の廊下。誰もいない体育館。学校の最寄り駅までのコンビニ。どの場面でも空はいつもつまらなそうにしていた。困るわけでも恥ずかしがるわけでもない。どこか遠くにいるようなそんな感じ。あの長い睫毛にはいつも何が写っているのか、モテない俺には不思議だった。

撮影に満足して、ようやくアイスの袋を切った。水みたいにソーダが流れて手に絡みつてくる。気持ち悪さを感じながらも拭くものもないから、急いで食べ続けた。

「トキはさ、なんでいつも写真を撮るの?」

空が俺に興味を持った。気のせいだと思ったけど、彼はこちらをみて話していた。僻みかと思ったけど、真っ直ぐに見つめていってくる。

「え……。写真部だからかな」

「写真部だから?」

「公募とか文化祭に出展するためだよ」

「へえ」

空が聴きたいのはことはこんなことじゃない。からっぽの答えしか出ない自分に腹が立って、何も言えなくなっていた。

地面に水色の液が垂れて、コンクリートで黒のシミになる。じっと見つめていたら、空が自転車から離れてこちらに歩いてきた。空の真顔を見て、何か怒らせたのかと思いを巡らせた。その隙にも彼の腕が伸びてきて、身長が高いやつに胸ぐらを掴まれる。腕の伸び方が兄貴との喧嘩を思い出して思わず足がすくむ。

そのまま彼の左手は俺の右手を掴んできた。冷えた指先に熱くて大きな手の熱が混じる。一瞬だけ感覚を失うような不思議な感じだった。消えかけたところで鼓動が聞こえた。頼りない熱で指の腹に乾いた何か引っかかるような感触を感じ取った。

「早く食べろよ、汚れるぞ」

指先の傷は一言を残して簡単に逃げた。

頭上で新幹線が走っていく。怖くなって色白な肌から離れた。俺たちの間に生ぬるい風が通り過ぎて、夏休みの終わりを感じる。

「触ってきたのはお前からだろ。うるせーな!」

空は乱暴な言葉を聞いて見つめてきた。その後に小さく笑った。それからカバンに入っていた除菌シートを素早く取り出し、何もなかったように隅々まで拭き取っている。その無駄のない手つきは、一瞬の出来事を消していくようで胸が痛い。

「今日は帰るわ」

「なんか用事?」

「汗かいたし、手も汚ねーから風呂入りたい」

「じゃあ、なんであんなことしたんだよ」

「さあな」

新幹線が微かな風を残していた。彼の真っ黒な前髪が静かに揺れる。多分手はもう乾いている。そう想像すれば、この自然な流れが彼のためにあるものだと気が付く。

「またモデルやってほしい時は言えよ。アイス食べたいからさ」

手に持っていたシートを俺に投げて、そのままチャリに跨って帰っていた。夏の風を浴びる背中は気持ち良さそうだった。入道雲に向かって走っていく空の背中を眺めてから、僕はまたカメラを構えた。すぐにモニターに映った写真は光の調整を間違えてブレていた。

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