第3話 ボックス、ボックス!!

 そんなアンテナボックスはその後、クラスの目立つところに置きっぱなしにして帰ったことで、次の日一番に学校に来たクラスメイトに目をつけられた。不運にも声が通る人だったため、その存在は瞬く間に広がった。「なにこれー?」「小学生の工作みたい」クラスに入ってその光景を見た時、菜摘は絶望した。

 「二人だけの秘密やおもて作ったのに…」

怒りより悔しさの方が大きかった。ずんずん歩いて行って、もてはやされてるアンテナボックスを奪う。

 「小学生の工作で悪かったな!これはあたしのもんや」

クラスはまだ盛り上がっている。こういう時に一致団結するクラス。一人一人の声を聴いていると気が滅入りそうで、耳をふさごうとした矢先。

 「それ!なんでポストみたいになってんのー?」

騒いでいた女子が声をかける。耳に近づけていた手を引っ込めて、口を開く。

 「秘密ー!!」

あっかんベーと言わんばかりに、舌を短く出す。この箱は、あっちゃんと私だけのもんや。菜摘は鞄を下ろして、静かに席に着く。

 「えーなんでよ」「教えてくれてもいいのになあ?」より一層話に花が咲くクラス。秘密は人間の興味を引く最大のスパイスだ。

 「ほれー出席確認するぞー。席つけー」

担任の声で、一つにまとまっていたクラスメイトは、一斉にばらばらと席に着く。救われた、と思いつつ、あっちゃんに一言も二人だけの秘密だといっていないことを思い出した。いっそ公言してもよかったが、おそらくクラスのみんなはあっちゃんの余命が1年だなんて知らない。説明したらややこしくなる一方だ。菜摘は結論二人だけの秘密にすることを再確認した。

 「今日の休みは…渡辺だけだな」

渡辺。あっちゃんのことだ。今日は病院の通院らしい。

 「今日の連絡は…。あー部活ある奴は短縮だから30分しかないぞ忘れるなよ」

帰宅部の菜摘にとっては、まったく関係のない話だ。生活音として処理される先生の声は、聴きやすいが故に眠くなる。

 「じゃ一時間目の支度しとけよ。榎本、ちょっと」

まさか自分が呼ばれるとは思っておらず、素っ頓狂な声を返事の代わりとした。何の話題だろうか。


 「渡辺のことなんだが」

開口一番、何も隠すつもりもなく本題から入り始めた。一瞬で何を離そうとしているか分かった。

 「余命の話ですか?」

 「本人から聞いてるのか」

深いため息をつく。細く気だるそうな目、そり残しの気になる髭。やれやれ系だけど、頼りにもあまりならない、人生に疲れていそうな先生だ。

 「その顔なら、特に心配はいらなさそうだな」

空気を読めるところは、加点ポイントである。

 「最後まで仲良くしてやってくれ」

 「言われずともそのつもりです」

 「ならよかった。教室戻っていいぞ」

先生に促され職員室をでる。わざわざHRで言わず、菜摘個人にだけ言うあたり、先生は菜摘とあっちゃんの友情をそれはそれは素晴らしいものとして見ているんだろう。大丈夫、あってるよ先生。


 「あっちゃんがいないとこんな寂しいんやな!」

片手に総菜パン、もう片方の手にはオレンジジュース。今日は弁当ではない。なぜなら母が寝坊したから。

 「渡辺が休むたびにいっつも言ってんじゃん。学習しないなあ」

 「寂しさは何にも埋めることはできないのだよ」

 「珍しく榎本が訛ってないな」

昼を共にするあっちゃんがいないため、今日はクラスの男子と食べる昼食。「まあ明日には来るだろうし、今日だけの辛抱だよ」

 「その一日が辛いんよおおお」

 「付き合いたてのカップルか」

男子の鋭い突っ込みを華麗にかわしながら、パンをほおばる。うまい。母の弁当には負けるが。頑張れ、菓子パン会社。

 「そういやあの箱、マジで何用?」

空気を読まないもう一人の男子がそういう。

 「だから秘密ー。教えへんよう」

えー、そこをなんとかー、わかんないの気持ちわりー。またまた注目を浴びてしまったアンテナボックス。存在は公だが存在理由は秘密。隠せていないようで、しっかり隠せている。面白い箱だ。

 「あ、チャイム」

 「あーずるい榎本が逃げたぞ!」

笑っている男子からそそくさと離れ、自分の席に着く。あっちゃんありきの学校生活なんだと再度認識する、そんな昼だった。


 「じゃあ今日はここまで。明日は応用やるから復習しとけよー」

タイミングよくなるチャイム。数学の先生は多分、体に時計を飼っている。いつも時間を超えることも、早く終わることもない。機械みたいだ。

 「ようやく終わったー」

背伸びをして、んーと声を出す。長かった。いつもなら「もう」終わってしまうと感じるこの瞬間も、今日限りは「やっと」終わったと感じた。

 帰りの挨拶をして、クラスメイトがみんなクラスからいなくなった後、小さくため息をついて、紙を取りだす。シャーペンをノックし、今日のことを書く。

 『アンテナボックスがクラスの人気者に!?でもこのボックスは二人だけの秘密!』

 今日が終わる。夕暮れ。紙の入ったアンテナボックスをあっちゃんの椅子の上に置いて、クラスを後にする。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンテナボックス れいとうきりみ @Hiyori-Haruka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ