第2話 アンテナな二人
「残りの人生楽しんだ方がいい、とかよく言いますけど、それってあっているのでしょうか。私には理解しがたいです」
「そういうもんやろ。人生の残りが決まったら、あれやりたいとかあそこ行きたいとかなんかできるもんや」
「でも菜摘さんだって明日死ぬかもしれないのに、普通に生きているじゃないですか。人って余命がはっきりするだけでこうも違うんですね」
あっちゃんは愚痴を水のように吐き出す。こんな表現をしているが、今まさに二人でお弁当を食べている。in体育館。
「せやったら普通に生きたらええやんか」
「ですね、そうします」
おにぎりをほおばりながら、あっちゃんは何かに気づいたような顔をして、そして座った。
「唐揚げもらってくで」
「ありがたいです」
私は弁当の唐揚げをほおばった。咀嚼、咀嚼、咀嚼。やはりあっちゃんの母が作るから揚げはうまい。
「でも何もないってのは、なんかつまらんくないか?」
「そうですかね。私は...」
「あーみなまで言うな。そういうもんなんや。死に際に『あれしとけばよかった』ってなんねん。うちのじいちゃんがそうやったわ」
「...そこまでいうなら、何かしましょう。まだ春ですし、卒業までは一緒にいられそうですし。夏休みにでも」
「今からや!」
「...へ?まだ学校ですよ?」
まだ四月。ならば今から思いっきり楽しめばいい。
「じゃーん、こんなん作ってきてん」
私は上に細く穴の開いた段ボールを出した。
「あの紙袋にはそれが入ってたんですね!?何が入ってるのかずっと気になってました」
「ふふん、ええやろ。ここに今日学校で楽しかったこととかおかしかったことを書いて入れんねん。でそれを放課後見るって感じや」
「いいですね、賛成です」
誰でも思いつきそうなもの。でも、これなら思い出を残せると思った。案外喜んでもらえたし、徹夜の甲斐があったな。
「...ちょっと待ってください。もしかして今日ずっと寝てたのって...」
「あ、ばれた?」
「いくらなんでも無茶しすぎです!私より早く死んでしまいますよ!」
「それはさすがにない」
私たちは笑いあった。一年後に死ぬ人とは思えない笑顔だった。
「これが鎌倉幕府の滅亡へとつながったわけだな…」
「あの、」
「わかっとる、みなまで言うな。昼食後はどうしても眠いんや」
「ずっと眠いじゃないですか...」
たったこれだけの会話を交わして、しばらく黙った後、私は手を挙げて「先生!」と声をかけた
「なんだ、どうした?」
「トイレ行ってきます」
先生の返事を待つことなく、私はさっそうと教室を出る。そして近くをうろうろして、また教室に戻る。
「どうしたんですか、この授業で三回目ですよ。もしかして腹でも下しました?まさか、唐揚げで...」
「あーちゃうちゃう。なんか動いてないと落ち着かんのよ。医者が言うにはADHD...?らしい」
「おそらく多動症ですね」
「そうそれそれ!」
「どうした、もしかして問題がわかったのか?」
先生が反応する。おそらく私が声を出しすぎたからだ。
「...えっとー、あの。なんて問題でしたっけ?」
笑い声が教室に響く。少年漫画の主人公か、私は。
「まだ帰らないんですか?」
「ん-あとちょっと」
「私もう帰りますね...」
「できた!」
私はあのボックスに入れる紙を書き終えた。段ボールの中に入れると、さっきまで帰りたそうにしていたあっちゃんが興味を示した。
「なんて書いたんですか?」
「まあ箱の中見てみなよ」
「なになに...『今日の面白かったこと ずっと社会の先生の頭にテープがくっついてたこと』って、これ本当ですか?」
「え気づいてなかったん?ずっと先生の方見とるからてっきり気づいてるもんやと」
「ずっと黒板消しクリーナー描いてたので」
「あっちゃんそういう人やったわ...」
「私も書きます」
そういうと、あっちゃんは私がさっきまで使っていた鉛筆を持って、メモ帳に書きだした。
書き終えると、メモ帳から破って箱の中に入れた。
「なにかいたん」
「それは見てからのお楽しみ、ということで」
あっちゃんに促されるまま、私は箱の中のメモを見る。
『桜がきれいに咲いていました』
私は窓の方を向く。今まで気にもかけていなかったけど、窓を埋め尽くすほどの桜は咲いていた。
「...満開、やな」
「ですね。これが今日の楽しかったことです。菜摘さんと桜を見る、ということが」
私たちはしばらく桜を見ていた。いや、見とれていた、というのが正解なのかもしれない。
直にあっちゃんが口を開いた。
「なんだか今日の菜摘さん、アンテナみたいです。このボックス、アンテナボックスと呼ぶのはどうですか?」
桜を見ていた私の目は、あっちゃんの方を向く。
「ええな、それ。賛成や」
桜がきれいな四月某日。私が徹夜して作った箱は、「アンテナボックス」と名付けられた。
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