アンテナ・ボックス

れいとうきりみ

第1話 プロローグ

「唐揚げに断りなくレモンをかける人は倫理的に終わってると思います」

弁当に入っている唐揚げをつつきながら、あっちゃんはそういった。

 「またかかってたんか。そろそろかけるな!って言えばいいのに」

 「それはそれで億劫です。流石に弁当を作ってくれている親に文句は言えません」

 「でも倫理的に終わってるって愚痴は言うんやな」

 私も弁当の卵焼きをつつきながら話をする。

 「でも意外と酸っぱさが相まって美味しいやん」

 「...菜摘さん将来酒飲みになりますよ」

 あっちゃんが言い終わるより早く、「もらい~」と言いながらレモンのかかった唐揚げをほおばった。

 「うまいやん」

 私の声は空に小さく響いた。


 「ここで鎌倉幕府が誕生するわけですね...」

 「菜摘さん寝てますよ。起きてください」

 冷たいジュースを頬にあて、起きろと合図する。

 「日本史はどうあがいても眠いんや。睡眠学習させてくれ」

 「だめです。ちゃんと起きて授業を聞かないと」

 「そんなこと言っとるあっちゃんは聞いてるんか?」

 「ちゃんと教卓の花瓶のスケッチをしています」

 「...美術やんか」

 これだけの会話を交わして、再度眠りにつく。すまん先生、これは運命なんや。

 授業の終わりを指す鐘が鳴った。と同時に、私の体が痙攣して目が覚めた。

 「結局あの後ずっと寝てましたよ」

 あっちゃんの声。日本史は気がつくと終わってるからいい。

 「そうだ、今日は一緒に帰れないんだっけ?」

 「はい。今日は病院があるので」

 「具合悪いって言ってたもんな。なんもないといいけど」

 「ですね、私もそう思います」

あっちゃんの笑顔は乾いていた。無邪気な中に隠れた、もうどうしようもないことを悟ったような、そんな笑顔に見えたのだ。

 「まあ、何があってもうちらは親友だからね」

 「...ですね」

 そして私の嫌な予感は、見事に的中した。


 夕方メールで送られてきた「余命宣告されました。あと一年だそうです」。私は何も言わず家を飛び出した。「あんたどこ行くのー!」などという母ちゃんの声は全く聞こえない。走って、走って、走って。あっちゃんの家に着いたとき、「やっぱり」という顔であっちゃんが待っていた。

 「来ると思いました」

 「こなくてどうするん。うちら親友やん」

 「私が余命宣告されても、何も変わりませんよ」

 あっちゃんは淡々と話し続ける。それは泣きたい気持ちを隠しているようにも見えた。

 「怖くないんか、死ぬの」

 「怖いですよ、勿論」

あっちゃんは少し間を開けて、また口を開いた。

 「でもそれを乗り越えるのが私の使命だと思います。残りの一年の生き方こそが」

 「だったらその一年、私に委ねてくれんか?私と一年を過ごすんや。絶対に後悔はさせない」

 あっちゃんは待ってましたと言わんばかりに口を開いた。

 「勿論です。いわれなくても菜摘さんといます」

 私たちは、残りの一年の幸せを約束した。おそらくふつうは交わさない約束だ。

 ―かくして、私たちの一年間は始まった。

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