第62話

「あれ、俺たちは何をしていたんだ?」

「あ!絃様がいる!」

「おーい!」

 わらわらと妖たちが絃の所へ集まってきた。

「あれ、絃様?なんで泣いてるの?」

 一人の妖が首を傾げて尋ねた。そこで自分が泣いていることに気が付いた。

「泣いてない」

 泣いていることを隠そうと、絃は落涙を袖で雑に拭った。

「いや、どう見ても泣いてんだろ」

 鋭くツッコむのは八尋だ。その八尋の脇腹を月人と海里が同時に小突いた。

「イデっ!なにすんだよ。海里、月人」

「空気を読め、八尋」

「そうですよ、八尋。今はそっとしておくのが一番だったのに……。まったく空気が読めないんですから」

 珍しく海里が短いため息を吐いた。

「なんだと!」

 月人と海里の言葉にムキになったのか、八尋は拳を振り上げる。

 三人の子供じみた喧嘩を見ていると、だんだん面白くなってきて、思わず笑ってしまった。すると、三人が揃って絃に顔を向けたのと同時に、頭に大きな温もりを感じた。見上げると、竜胆が穏やかな笑みを浮かべていた。

「絃、お前はよくやったよ」

 その言葉に目頭が熱くなって、隠そうと俯いた。

「あ、また泣き出した」

 空気を読まない八尋は、また月人と海里に小突かれている。その様子が面白くて声を上げて笑うと、つられて全員と笑い合っていた。

 本来なら、惣も良世もこうやって過ごせていたと思うと、少しだけ胸が苦しくなった。

「さて、絃。あとは扉を修復するぞ」

「わかった」

 蒼士は穴が開いた扉に向けて手を翳していた。それに続くように絃も手を翳す。空いた穴が塞がるように妖力を送り込む。扉は怪しく光だし、徐々に穴が閉じていく。同時に壊れた閂も修復されていく。蒼士が手を貸してくれたお陰で、一人なら数時間かかる修復をものの数分でできた。

「修復できたな」

「そうだな。あとは、陣を消すだけ、っと」

 蒼士は浮かび上がっていた陣を足で消していく。陣が完全に消えると、扉は忽然と消えた。これで、今まで通りの幽世と現世へと戻った。絃は、ほっとして安堵の息を漏らす。

「おい、蒼士。俺たちはどうやって幽世に戻るんだ?」

 竜胆がそう聞くと、蒼士はやべっという顔をして助けを求めるように絃を見た。

「幽世の接点に向かおう。そうすれば幽世へ戻れる。そうだろ、師匠」

「あ、ああ。そうだな」

 蒼士は、その手があったかというような顔をしていて、誤魔化すつもりか笑っていた。竜胆は、じとーっと蒼士を見つめると笑い声がピタリと止まった。

「なら、幽世へ戻りましょうか。皆さん、くたくたでしょうから」と月人が呟く。

「賛成。早く戻ろう」

 絃は、幽世の接点に向けて歩き始めた。

「待ってください、絃。一人で行くと迷子になりますよ」

 そのあとを月人が追いかけてきた。

「絃、月人。待て!」

 ろいろが走りながら追いかけてきた。

「そうか、絃は迷子になるのか。なら、俺と手を繋ぐか?」

「いや、絃はそんな年じゃねえから!」

 竜胆の言葉に蒼士が突っ込みを入れながら、歩き出す。

「ああー、疲れたわー」

「そうですね。早く帰って湯浴みしたい」

 頭の後ろで手を組みながら歩く八尋と、ぐったりとした様子の海里。

 絃は、吹雪のことを思い出してハッと振り返る。けれど、そこに吹雪はいなかった。それどころか、地面に伏せっていた境界師たちの姿もなかった。

 礼の一つも言えなかったな、と申し訳なさを感じながら心の中で呟く。

 不意に惣と良世を封印にした場所に目が釘付けになった。もし、二人を封印せずにできていたら、今頃どんな風に喋っていたのだろう。そう思うと、また胸が苦しくなる。

「絃、早く帰りますよ」

 優しい笑みを浮かべる月人は、手を差し伸べていた。その手は、帰るべき場所を教えてくれた。

「わかってる」

 その手を握ると心がぽかぽかと温かくなった。苦しい気持ちが消し飛んでいって楽になったように感じた。

 二人の苦しい心が少しでも和らぐことを願いながら、月人やろいろたちとともに幽世への接点へ向かった。

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