第61話

 良世を封印するという手は絃も考えていたことだった。でも、惣を封印することは考えていなかった。惣の覚悟を決めた目を見た時、もしかしたらそういうのかもしれないと思った。でも、納得はいかない。

「良世の封印には理解ができる。だが、お前まで封印する必要はないだろう?」

 頭の中ではすんなりと言えたことなのに、いざ口に出すと声が震えた。自分が思っている以上に、動揺しているらしい。

 惣は、折角自分の生き方を見つめ直そうと決めたところなのに、封印をするのは勿体ない。今まで生きてくても生きられなかった道をこれからは歩んで欲しい。

 だから、考えを撤回してくれと心の中で願いながら、惣の言葉を待つ。ドキマギとしている絃だけど、何故か惣は口元にふんわりとした笑みを浮かべた。

「俺だけ、生き方を見つめ直すのも良世に悪いからな。良世はきっと、寂しいんだよ。大好きな母親がいないと分かったことが受け入れられないんだよ。俺もさ、じいちゃんが亡くなった時そうだったから。絃、人間は大事な人を失うと簡単に狂っちまうんだよ。良世には頭を冷やす時間が必要だ。それには一人より二人の方が、気楽だろ?」

 惣は、歯を見せて笑っていた。真剣な目は変わっていなくて、惣は完全に覚悟を決めている。

 けれど、絃には迷いがあった。良世を封印しなければ、全員が危なくなると分かっていても、生き方を見つめ直した惣を封印するけじめをつけられそうになかった。

 どうしよう、と思い悩んでいると後ろから名前を呼ばれた。後ろを振り返ると、そこには竜胆が立っていた。

「お前は円に、母親に似ているからな。今迷っているんだろ?二人を封印するかを。けどな、今は覚悟を決めるんだ。名も知らない大勢の誰かを犠牲にするか、一人や二人を犠牲するのと、どちらを選ぶべきかは蒼士から教わったはずだ。お前は優しい子に育ってくれたけど、今はその優しさを捨てるんだ。閂様は、幽世と現世の均衡を保つのが役割だ。今がその時だ」

 竜胆が優しく背中に手を置いた。竜胆の言葉は真っ直ぐと心の奥底まで届いて、迷っていた気持ちに背中を押してくれた。

 天邪鬼の半妖である良世と、百目鬼の血を引く惣を妖と認定し、封印を実行する。その判断に、もう迷いはない。

「惣、本当にいいんだな?」

 惣に最後の確認を取ると、惣は、ふっと口角を上げて笑って「ああ」と深く頷いた。

「後悔はないよ。俺は絃や幽世の妖たち、現世の人たちに悪いことをした。でもな」

 惣は、一度大きく深呼吸をして、子供のように無邪気に笑った。

「俺は、お前に。絃に出会えてよかったと思ってる。最後の最後で俺はお前に救われた。恩人を死なせるわけにはいかないんだ。だから、頼む」

 惣は深々と頭を下げた。

 惣の言葉に、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。出会い方が違ったら、もしかしたら友人になれていたかもしれない、と思うと胸が苦しい。自分の優しさが惣を救えたというのなら、それはそれでいいのかもしれない。

 絃は惣の覚悟を受け入れるように、ゆっくり息を吸って吐いた。

「わかった」

 絃は、手の平から青い炎を作り出し、息を吹きかける。すると炎は五つに分離して惣の周りを取り囲んだ。

「惣、そのまま良世の所まで歩いてくれ」

「わかった」

 惣は、迷いなく良世まで歩いて、蹲る良世に合わせるように膝をついた。

「良世、俺と一緒に行こう」

 俯いていた良世がゆっくりと顔を上げたのが見えた。まだ泣いていたのか、惣を囲む青い炎の光に当てられて頬を濡れている。良世は、嗚咽を漏らしているのか肩を小刻みに揺らしている。良世はゆっくりと口を開いたのが見えたけど、何を話しているのかはよくわからない。でも、きっと、悪いことではないだろう。それを証拠に惣が良世の肩を組んで、良世も惣の肩を組んでいた。二人とも真っ直ぐと絃を見ていて、封印を待っているようだ。

「ろいろ」

「ここにいる」

 すでに足元にろいろがいた。ろいろは、本来の成獣となっている。

「絃、準備はいいな?」

 もう迷いは一片もない。

「ああ、やろう」

「承知した」

 ろいろが一声鳴くと、青い炎が一斉に燃え上がり惣と良世を包んだ。揺れ動く炎の中で、惣が穏やかな笑みを浮かべていた。さっきまで落涙していた良世も幼子のような明るい笑顔を浮かべていた。その笑顔を見ると、やっぱり胸が締め付けられる。

 きっと、二人は運が悪かったのだろう。絃は生まれに恵まれ、出会いに恵まれ、妖に恵まれた。だから、今まで迷うことはなかった。でも、二人は違った。運に恵まれず、抱かなくていいはずの思いを抱くようになって大事なことを忘れてしまった。でも、もう大丈夫だろう。これから行う封印は普段のものとは違う。大罪を犯し、罪を償わせるために行う千年間の封印だ。でも、二人は無事に乗り切れるだろう。

「これより、千年の封印の儀を執り行う」

 絃は、懐から黒い札を取り出して手を翳す。すると、血のように赤い文字が浮かび上がる。文字が書かれた黒い札を炎の中に投げ入れる。黒い札は真っ直ぐ惣と良世の下へ行き、空中で一瞬の間停止する。その直後、黒い札は触手のように伸びて二人の腹部に巻き付いていく。スルスルとあっという間に全身に広がっていく。札が顔に巻き付く束の間に惣が口を開いた。

「絃、ありがとう。また、会おう」

 惣の言葉に返事をする暇もなく、惣と良世は札に覆われていった。すると、二人は徐々に小さく真っ黒な球体となった。その球体は、ふよふよと浮かびながら絃の所までやってくる。絃は、懐の中に入れていた小瓶にそっと入れた。球状が外に出ないように栓を閉めて、黒い札で封をした。これで、惣と良世の封印は完了した。

 良世が封印されるとすぐに、操られていた妖たちが正気に戻った。

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