第44話

 蒼士は師匠でもあるし、父親のような人だ。今まで出生の事は一度も話してくれなかったから、自分にはてっきり父親も母親もいないものかと思っていたから、びっくりした。

 蒼士から半妖として生きることに割り切れなかったのは、どっちかを選ばないといけないと考えていたから。でも、自分の名前。絃は、人と妖を繋ぐと言う意味が込められているのなら、人でもなく妖でもない、半妖として生きる覚悟が持てた。

「師匠、半妖として生きることに納得が出来た気がする」

 蒼士は、白い歯を見せて笑った。

「それでいい。お前はそれでいいんだよ。今日、久々にお前の顔を見れてよかったよ」

 蒼士はゆっくりと立ち上がる。

「もう行くの?」

 蒼士は遠くを見ながら答える。

「ああ。俺は閂様を引退しているんだ。ここに長居するのはあれだろ?老いぼれは、外でのんびりして弟子の活躍を見守ってた方がいいんだよ」

 草の上に置いた笠を持ってかぶりながら話す蒼士に、少しだけ寂しさを感じた。

 閂様は一人だけいればいい。

 歴代の閂様たちが残した決まりがある。閂様になるのには、先代からの推薦によってなれる。なれると言っても、多少の修行は必要になるけれど。

 閂様に選ばれるのは、対外は半妖が多い。それは、人としての考え、妖としての考えの両方を兼ね備えている方が、上手くいくからなのだろう。

「じゃあな、絃。あんまり、月人を困らせるなよ」

「分かってる」

 この間珍しく月人が長時間屋敷を留守にしたことがあった。食材の買い出しに時間がかかっているだけかなと思っていたけど、たぶん蒼士に会いに行っていたんだろう。

「あとで、月人にお礼を言わなきゃ」

「そうだな。きっちり感謝して労ってやれ。絃、お前は良い式神を……いや、いい友人がいるんだ。自分で抱え込むよりも、まず月人を頼れ。その方が、あいつもきっと喜ぶ」

「そうだね」

「あと、狛狐にもお礼を言っておくんだ。月人から、絃のために狛狐があえて見守ることに決めたと言っていた。二人を労ってやれな」

 蒼士は、髪の毛をぐしゃぐしゃにするぐらいに頭を撫でた。撫で終わると満足げに笑った。

「じゃあな、絃。たまには、連絡をくれよな」

「はい、師匠。また」

 蒼士は、踵を返して裏口へと向かっていく。その後ろ姿は幼いころから見続けたもので、安心感を覚える。

 その隣にもうひとつの後ろ姿が見えた気がした。それは、もしかすると出会ったことはない父親の後ろ姿かもしれない。

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