第42話
いくら考えても自分が人なのか、妖なのかの答えは出てこなかった。考えれば考える程、わからなくなっていく。
思い返すと、自分が生まれた経緯を知らない気がした。それが、自分のことすらなにも知らないという事実を突きつけられているようで、胸が苦しくなる。世界にたった一人で取り残されたような孤独感に見舞われた。
月人がずっと心配そうな目をしながら声を掛けてくれる。気にかけてくれるのが嬉しくて、つい話してしまいそうになる。でも、直感だけどこれは自分で乗り越えなければならないもののように感じて、頼ることができなかった。
月人の悲しそうな、辛そうな表情を見る度に胸が苦しくなって、早く答えを見つけなければと焦る。いくら焦ったところで答えはでないし、当然閂様の役目に身に入らない。
けど、運がいいのか、それともこの状況を知っているかのように、妖の狂暴化はピタリと止まった。幽世に迷い込む人は、一切いなくなった。どういう魂胆があったとしても、この状況はとてもありがたかった。
「自分の正体、か。考えたこともなかったな」
絃は屋敷の裏庭の草原の上に腰を下ろして、空を見上げた。空はまるで、絃の心の内を現しているように、普段よりもどんよりと分厚い雲が覆っていた。
「なぁにを、悩んでいるんだい」
突然目の前に影ができた。びっくりして肩を震わせながら、影の正体を見る。
そこには笠を被り左目が前髪で隠れている男性がいた。その肩に小虎が乗っていて、小さな尻尾がゆらゆらと揺れていた。
絃は、その男と小虎を知っていた。
「師匠、ビャク。何でここに?」
「ヤッホー」
「久しいな、絃」
その男の名は、
元閂様であり、絃が閂様となるまでに色々と教えてくれた師匠のような存在。
蒼士の肩に乗っている小虎は、蒼士の守護獣のビャクだ。
蒼士は、にこやかな笑みを浮かべていた。
「なんでって、お前が何かに思い悩んでいて心配だって、月人から連絡が来たんだよ」
話をしながら、蒼士は絃の隣に腰を掛けて被っている笠を外した。
「月人が?」
「ああ。いい式神を持ったな、絃。お前と月人は気づいていないかもしれないけど。月人のやつお前が心配すぎて、目の下に隈が出来てたんだぜ?後で、しっかり礼を言うんだな」
蒼士は隈を強調するように、目の下を指で指し示した。月人が心配そうな顔をしているのは分かっていたけど、そこまで見ていなかった。
「そうなんだ。月人に悪いことをしちゃったな」
月人が目の下に隈を作るくらい心配を掛けさせたこと、それに気づくことができなかったことが悔しい。それと同時に月人に対して罪悪感が心のうちに広がる。
「おっと、自分を責めるなよ。俺は絃を責めるために言ったんじゃあない。お前には、お前のことを一番に考えてくれている奴がいるってことを伝えたかっただけだ。月人に悪いと思うなら、次からはちゃんと月人と狛狐を頼るんだ。いいな」
「はい」
蒼士の言葉は、いつだって心に響く。悔しさと罪悪感が広がって、ぐちゃぐちゃになりかけていた心が落ち着いていた。
「それで、お前は何に悩んでいるんだ?どれ、話してみなさい」
蒼士はぐしゃぐしゃと頭を撫でながら、優しい声音で言った。頭から伝わる蒼士の手の温かさがとても懐かしくて、涙が浮かぶ。けど、泣いていてもどうにもならない。
浮かんだ涙を拭って、心の中のモヤモヤを口に出した。
「今、追っている奴がいてそいつから、お前は人と妖のどちらなんだと言われたんだ。それから、その答えを考えているんだけどわからない。なぁ、師匠。師匠なら、なんて返す?」
蒼士は顎に手を置いて小さい唸り声を上げた。
「そうだなぁ。俺なら、どっちも。と答えるけどな」
「なんで?」
「なんでって、そりゃぁ、俺たちは半妖だろ?人か妖か、どっちも区別はつけられない。そうだろ?」
蒼士の金色の髪の毛が、白と黒が混じった斑になり、耳には虎の耳、尾から虎の尻尾が生えた。尻尾はゆらゆらと風に乗って揺れ動いている。蒼士の肩に乗っていたビャクが本来の姿になっている。
蒼士の妖の姿に呼応するように、絃は妖の姿となる。黒髪は白髪へ、耳には狐の耳、尾から九つのふわふわした尻尾が生える。
虎と狐。
旧閂様と現閂様が揃うのは、閂様に就任した十年前以来、久しぶりだ。
「絃、難しく考えるから思い悩むんだ。世の中はきっと単純で満ち溢れている、単純と単純が入り乱れて複雑になっただけなんだ。お前は、半妖で人でもあるし、妖でもある。それで十分だろ?」
蒼士の言葉に素直に頷けない自分がいた。話は納得できるけど、でも、そう割り切れそうにもなかった。
「随分と浮かない顔をするなぁ。それだけじゃあ、納得できないってか?」
「少しだけ、納得できない気がする」
「嘘つけ、少しどころじゃないだろ?全部顔に出てるぞ」
蒼士が額にピッとデコピンをした。それが思ったよりも痛くて、「痛っ」と額を両手で覆う。痛みがじわじわとやってきて、目尻から涙が浮かぶ。
蒼士を睨みつけながら見上げると、蒼士はガキ大将のように意地悪な笑みを浮かべていた。
「で、何が気に食わない?」
蒼士は、真っ直ぐと目を向けながら問う。その問いに対する答えを蒼士は知っているように思えた。
蒼士に隠し事はできない。でも、言うのがどこか恥ずかしいと思ってきて、どうやって誤魔化そうかなと考える。
すると、急に頭を撫でられた。髪の毛をぐしゃぐしゃにしていく勢いで撫でられる。
「話してみろよ」
優しく温かな眼差しを向けられたら、もう隠しきれない。
「俺ってさ、どうやって生まれてきた?」
気が付けば、心の中に留めていた言葉が口に出ていた。蒼士は驚いた表情をしたが、何かを懐かしむように笑みを浮かべていた。
「そういえば、絃には言っていなかったもんな。お前も大人になったし、言ってもいいか」
蒼士は、ゆっくりと息を吸って吐いて、静かな口調で語りだした。
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