第41話
最近、絃の様子がおかしい。
いくら話しかけてもずっと上の空で、何かに悩んでいるように見えた。だから、何かあったのか聞いてみた。
けど、大丈夫の一点張りで、話を切り出そうとする素振りは見えない。
絃は、何かがあった時は必ず周りに心配かけないように、だんまりを決め込むことが多い。だから、何かあったのは間違いない。でも、何があったのかは、絃が話してくれないとわからない。本人に言わないのなら、他を当たるしかない。
「ろいろ。絃に何があったのか、わかりますか?」
縁側で日向ぼっこをしているろいろに話しかけると、ころころと体の向きを変えながら「僕は分からないなぁ」と返した。
「絃がどうかしたの?」
「最近、上の空なんですよ。何かあったのか聞いても答えてくれないんです。てっきり、ろいろなら知っているかと思いました」
「ふーん、そっか。でも、僕は何も知らないよ」
ろいろは、むくっと体を起こした。
「ろいろも感じるでしょう。絃が何かを抱えて思い悩んでいることくらい」
「わかるよ。でも、それがどうかしたの?」
ろいろは訳が分からないとでも言うように、首を傾げた。その姿に月人はカチっと、苛立ちを覚えた。
「絃は、優しい方です。誰かの痛みを自分の事のように感じ取れる絃は、いつだって何かを抱えている。私自身、絃の優しさに救われた。どうしようもない、救いようもない野狐の私を救ってもらったから、今の私がいる。私は恩人とも言える絃の助けになりたいと考えているのに、ろいろは違うのですか?私とろいろじゃ立場が違うけれど、それでも絃のために身を削るのは同じはずでしょう。それなのに、なぜ、絃が今思い悩んでいるときに、そんなことが言えるのですか?」
ろいろは、口を挟むことなくじっと聞いていた。
「月人、これは絃自身が乗り越えなきゃいけないことなんだよ。俺たちが手助けをしたら、絃の為にならないんだよ」
ろいろは、絃が何かに悩んでいることを知っている口ぶりだった。でも、月人は何も知らないから、その言葉の意味が分からなかった。説明をしてもらおうと口を開いた時。
「月人、しばらく様子を見よう。それでも、まだ絃が思い悩んでいるのなら、あとはあいつに任せるしかない」
「あいつって……。まさか、あの方ですか?」
月人の脳裏に、笠をかぶって狛虎を連れて歩く男が浮かんだ。
「それまで、絃を見守ろう。もし、絃が今よりももっと思いつめていくなら、月人。あいつに連絡をしてくれ」
大切な主が思い悩んでいるのに、ただ見守ることしかできないのがただ、ただ悔しくてたまらない。胸の奥がキュッと痛んで苦しい。
「月人」
耳元でろいろの声が聞こえて、声のする方を見ると肩にろいろが乗っていた。
「悔しいだろうが、これは俺たちが手を出せる案件じゃないんだよ。ただ、傍にいるだけでも気持ちは軽くなる。だから、絃の傍を離れないようにしよう」
ろいろは、普段は幼い子狐のように考えも幼いけれど、今は月人よりも大人な考えをしていた。
「やっぱり、絃に何があったのか知ってるんじゃないですか……」
「いいや、何に悩んでいるのかは分からないけど、絃の顔を見ればおおよその内容に検討が付くだけだよ」
ろいろは慰めるように、肉球で頬を叩いた。
「そうですか。しばらく絃を見守ります」
月人は悔しさを呑み込むように、あの男に託すことに決めた。
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