第38話

 入り組んだ裏路地を抜けた先に一軒家が見える。そこが、八尋と海里が生活拠点にしている家だ。

「僕たちはこれで行くね。絃様、気を付けてね」

「うん、ありがとう」

「じゃあねぇ」

「ばいばーい」

 提灯お化けや鬼火たちはとふわふわと浮かびながらどこかへ行ってしまった。さっきまで、彼らに囲まれていたのもあって辺りが一気に暗くなったのを感じた。それが少しだけ、寂しいと感じたのは内緒だ。

 玄関の扉を三回叩くと、ガラッと扉が開いた。

「どちら様で……おや、絃様でしたか」

「海里、遅くに申し訳ないんだけど、八尋はいるかな?」

 出迎えたのは、海里だった。

「ええ、居ますよ。どうぞ、中に入ってください」

「おじゃまします」

 海里は、夜に近い時間なのに用件も聞かずに家の中に招いていてくれた。用件を聞かない所が海里なりの配慮なのかもしれないし、見抜いているのかもしれない。海里の後ろを歩いてく。八尋と海里の家には何回も来ているけれど、相変わらず薄暗くて、無数の鬼火たちが室内を照らしていた。

 海里は、八尋がいる部屋の前に辿り着くと、扉を軽く三回ほど叩いた。

「八尋、絃様がお見えになりました。入っていいですか?」

 部屋の奥にいる八尋に声を掛けた。

「おう、そろそろ来る頃だと思ったぜ。入ってくれ」

 扉越しに八尋の声が聞こえた。八尋はどうやら、絃が来ることを知っていたようだった。

「入りますよ」

 海里が扉を開けて中に入る。それに続いて中に入ると、八尋は机の上に足を組んで、何かの本を読んでいた。

 部屋の中は本で溢れかえっていて、床にも本が散らばっていた。

 八尋は絃に気が付いたのか、本から目元だけを出して「よう、絃。待ってたぜ」と悪戯な笑みを浮かべた。

「八尋、また散らかして」

 長いため息を吐きながら海里は、床に散らばる本を集めていた。

「わりぃ」

 八尋は、悪いと片手を顔の前に出しているけれど、あまり詫び入れている様子はなさそうだった。

「まぁ、いいですけど」

 あまり悪いと思っていないことを知っているけど、何やかんや許してしまうのが海里で、二人のいつもの光景だった。

「絃、こっちへ来てくれ」

 八尋は机から脚を下ろして、深く座り直した。

「分かった」

 絃は八尋が座っている机の前までやってくると、

「例の件だが、やはり情報は出てこなかった。悪い」

 八尋は悔しそうに唇を噛みながら、淡々と述べた。

「そうか」

 絃は目線を下げた。なんとなく予想はついていたけれど、八尋が調べても出てこないのは珍しい。となると、惣には相当の秘密が隠れているか、誰かが消しているのか。

「お前が望むなら、もう一度調べてみるがどうする?」

 基本的に気まぐれな八尋がそういう返しをするのは相当珍しい。八尋なりに情報が出てこないことが悔しいのかもしれない。幾ら調べても出てこないことを何度調べたところでなにも変わらない。

「百目鬼惣ついて調べるのは、もう大丈夫。ありがとう。それよりも、今日は八尋に聞きたいことがあってきたんだ?」

「聞きたいこと?」

 八尋は少し首を傾げながら、「それって、なんだ?」と問いかけてきた。

「現世での百目鬼惣の動向を探ることは可能だったりする?」

「ああ、できなくなくはない。けど、それがどうしたんだ?」

 八尋は少し訝しんでいるのか、眉を寄せた。

「今日は珍しく、回りくどい言い方をするな。素直で優しい絃らしくねぇな」

 八尋は椅子の背もたれに寄りかかりながら、腕組みをして品定めをしているような鋭い目つきをしている。

「ごめん、回りくどかったね。まだ、頭の中の考えがちゃんとまとまってないみたいで」

 ここに来る前に提灯おばけと鬼火たちと交わした会話が何故か今、脳裏に蘇ってきた。どうしてか、八尋と話すのによそよそしくなってしまった。

 八尋の鋭い視線が、心の内側を見透かされている気がして、ヒヤッとした。

 八尋の視線に耐えられなくて「ははは」と笑う。すると、より一層八尋の視線が鋭くなった。

「なんでもいいから話せ」

 鋭い視線が変わらないまま、八尋はそう呟いた。八尋はどこか苛立っているのか、小さく舌打ちをしたのが聞こえたような気がした。

「ついこの間、幽世に迷い人が来たのは知っているよね?」

「ああ。絃はそいつを幽世に置いたんだろ?」

「うん。その迷い人が来てしばらく経った頃に、突然狂暴化した妖がやってきてその迷い人を攫った」

「それで、絃と月は大怪我を負った。絃が意識を落としているうちに妖は現世へ逃げただろ?」

「そう。そして、現世にいる境界師たちと協力して妖を退治した。問題はこの後」

「何?」

 八尋は眉を寄せた。

「その後に、百目鬼惣がやってきた。目的を問うても奴は濁して、その場を去った。あとで、迷い人から聞いたのは、幽世へ迷い込む前に惣に似た人物に会ったと。迷い込んだ時間は夜遅く。そして、黒人が狂暴化する前にある人の子に会ったと言っていた。その特徴が惣に酷似していると」

 絃はそこで言葉を区切った。

「まだ情報が足りないけど、僕は考えたんだ。百目鬼惣は、夜に活動しているんじゃないかって。黒人と迷い人から、百目鬼惣と出会った時の彼の服装が、二人とも答えが共通していた。彼は、現世で言うスーツ服と言われる身なりが整っている服を着ていた。迷い人に夜遅くにその恰好で出かける人は極僅かだと言っていたから、現世で夜遅くにスーツ服を着た人を探せば、百目鬼惣の行方に繋がるんじゃないかって」

 まだ、頭の中でうまくまとめられていないから、上手くまとまって喋れなかった。

「要は、現世で夜に限定して身なりが整った格好をした男を探してくれって、ことだろ?」

「うん、そう!」

 でも、八尋は絃の話を要約してくれた。

「話が早くて助かるよ!」

 言いたかったことがスパッとまとまった事で嬉しくて、思わず声が上ずってしまった。少し恥ずかしくて、顔に熱が集まっていく感じがした。

 八尋はフッと鼻で笑って、悪戯な笑みを浮かべた。

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