第37話

 絃は、自室で考え事をしていた。葉子の帰り際に聞いた幽世へ来た経緯の中で、綺麗な髪のお兄さんという言葉に引っ掛かっていたから。

「綺麗な髪のお兄さんか。前に迷い込んできた女の子も言っていたな」

 女の子も葉子も全く同じことを言っていた。それは同じ人物を示しているようにも思える。人によって人の見方が多少変わることがある。けれど、全く同じことを言うのは珍しい。

 もしかすると、その人物とはすでに出会っているのではないか、とふと考える。そうなると思い当たる人物がいたとすれば。

「まさか、百目鬼惣か?」

 脳裏に百目鬼惣を思い浮かべる。金色の髪の毛に眼鏡を掛けている。葉子が口にした眼鏡の男性と特徴は一致している。だが、二人が言う綺麗なお兄さんに当てはまるかどうかは正直わからない。

 けど、妖が狂暴化した出来事に、紛れもなく関わっている。それは、黒人が証人してくれた。

 理性を取り戻した黒人や化け狸の六科など狂暴化していた妖たちに、「誰に何をされたか覚えているか」と聞いた。彼らは口を合わせたかのように、答えた。

「金色の髪の毛に眼鏡を掛けた人の子に話しかけられたような気がします。その後のことは思い出せません」

「黒人と同じくです、閂様。六科もその男に会ってからの事が思い出せませんし、何より暴れていたとこも覚えていません」

 黒人と六科が言う男性の特徴は、葉子や女の子が言った特徴と合致していると考えるのが妥当だろう。そしてその外見的特徴が惣に当てはまっている。

 それだけが証拠になるとはまだ言い切れない。けど、事件が起きる度に状況を確認するように、毎回現れるのはどう考えても怪しい。

 仮に惣が妖の狂暴化の犯人だとして、その目的は何なのだろうか。それにまだ、幽世への迷い人増加とどう関係してくるのか、皆目見当もつかない。

「一体、何が狙いなんだ……」

 絃の問いに返してくれるものは、誰もいない。考えることが多くて頭の中がいっぱい、いっぱいで、疲れてくる。

「はぁ……」

 ため息を吐きながら畳の上で寝転がる。襖越しに夕暮れ時の赤い光が差し込んでくる。その光をぼーっと見つめる。

 葉子と黒人が、惣らしき人物と接触をしたのは、夜。となると、惣は、夜はにならないと活動できない制限でもあるのだろうか。黒人が惣らしき人物と接触した時は、スーツ服という身なりが整った服を着ていたらしい。現世に住む人のことはあまりよくは分からない。けれど、身なりが整った服を着た人が夜に出回ると言うのは、少し怪しい気もする。

 となれば、夜か夕暮れ時に出歩くスーツ服を着た人に絞って追っていけば、惣に辿り着けるんじゃないか、と閃いて急いで起き上がる。

「八尋達に探ってもらえないか頼みに行こう」

 そう思い立って絃は、ドタバタとしながら部屋を出た。

「おや絃。そんなに急いでどちらへ行かれるのですか?」

 廊下を速足気味に歩いていると、廊下を曲がった先で丁度、食材を手に持っている月人に会った。きっと、今から食事の準備に取り掛かる所なのだろう。

「ごめん、月人。今から八尋の所に行ってくる」

「わかりました、もう直に夜になるので気を付けて下さいね。帰ってきたら夕飯にしましょう」

 月人は、少しびっくりした様子だったけれど、特に嫌な顔を一つせずに見送ってくれた。

「ありがとう」

 月人に軽く手を振ると、月人も振り返してくれた。

 絃は、雪駄を履いて玄関を出た。外へ出ると、提灯お化けと鬼火たちが夕月夜の幽世を照らしていた。

「閂様~」

 提灯お化けと鬼火たちが、ふわふわと浮かびながら近寄ってきた。

「どこにいくのー」

 そのうちの鬼火が間延びした口調で話しかけてきた。

「八尋と海里の所に向かっているんだよ」

「えぇ~、あの悪党たちに所に行ってどうするのぉ?」

 八尋と海里は幽世では、ある方面でかなり有名な二人。その二人を怖がる妖も多く、提灯お化けや鬼火たちも二人を怖がっているようで、炎がゆらゆらと揺れている。

「八尋と海里に聞きたいことがあってね」

「えぇ〜。やめたほうがいいよぉ。絃様」

「そうだよー、絃様はあいつらを信用しすぎだよぉ」

 提灯お化けと鬼火が、ぐるぐると慌ただしく飛び回っている。

「心配してくれてありがとうね。提灯お化けと鬼火」

 そういうと、提灯お化けと鬼火たちはピタリと動かなくなった。

「そういう所だよぉ、絃様」

 喋りかけてきた鬼火が、ため息を吐くように小さな火の粉を散らした。

「どうかしたの?」と、声を掛ける。

 鬼火はずいっと、絃の顔に迫ってきた。

「絃様はやさしすぎるよ。もっと、危機感を持ってねぇ」

 さっきよりも多くの火の粉を散らしながら、まるで説教をする月人と同じようなことを言った。

「優しい、かぁ」

 月人にもろいろにも、よく言われる言葉だけど、自分が優しい人間だと思ったことはないし、自分が優しいかどうかさえもあまりよく分からない。

「だって、この間迷い込んできた人の子を幽世に置いてあげたでしょ?そのせいで、暴れた妖に絃様は大怪我をした。僕ら、すごく心配したんだよ?」

 鬼火は悲しそうに炎の揺れ幅が小さくなっていく。

「そうですぞ、絃様」

 提灯お化けの一人が顔を近づけて話し始めた。

「我らには、絃様しかいないのですから。あまりご無理なさらず。絃様が閂様となられて早十年。その間、荒れていた幽世の治安を正してくださったことには、本当に感謝しています。けど、あまり彼らを信用しすぎないで。あいつらは恩を仇で返せるものです。どうか、心に留めておいていただきたい」

 提灯お化けの言葉に賛同するように、その場にいた鬼火や提灯お化けは一層燃え上がった。

 気づかなかった。提灯お化けや鬼火たちに、ここまで心配をかけてしまっていたことを。彼らの言う通り、閂様は妖たちにとっては、相談相手でもあるしリーダーでもある。そのリーダーがいなくなると、動揺が妖たちに広がって大きな暴動に繋がってしまう。閂様の存在は、妖にとって大きなもの。それを、少し忘れていた。妖の狂暴化、幽世への迷い人の増加とか、考えなくちゃいけないことが多くなって、本当に考えなくてはいけないことを見落としてしまっていた。

「そうだね、それは俺の役割だもんね。ありがとう、提灯お化けと鬼火たち。思い出させてくれて」

 提灯お化けと鬼火に笑いかけると、彼らはぴょんぴょんと嬉しそうに跳ね上がっていた。

「どういたしましてー」

 鬼火の中の一人が、頬に擦り寄ってきた。少し熱いかなと思ったけど、思ったより熱くなかった。それどころか、温くて心地が良かった。

「僕たちも一緒に着いて行くねぇ」

 擦り寄ってきた鬼火が離れると、絃の前に浮かぶ。それに続くように他の鬼火や提灯お化けも、絃の前に浮かんで道行きを照らしてくれた。

「ありがとう」

「どういたしましてー。早く行こうよぉ」

 提灯お化けと鬼火に連れられるように、八尋と海里が住んでいる裏路地へ進んでいく。裏路地に入ると、怖い目つきをした妖たちがじっと睨みつけているのが見えた。彼らは、ずっと昔から裏路地を住処にしている妖たちで、裏路地に入ると品定めのように見てくるのはいつものことだ。

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