第35話

「ようやく手足手長を退治ができたようだね、絃」

 背後からねっとりと忍び寄る蛇のような声が聞こえた。その声には、聞き覚えしかない。

 急いで振り返るとそこには、意味ありげな笑みを浮かべている百目鬼惣がズボンのポケットに手を入れながら立っていた。

 絃は、咄嗟に惣との距離を取る。

 絃を追いかけるように、惣は地面に落ちている枝を踏み鳴らしながら、ゆっくりと近づいてくる。

 惣が纏っている独特の雰囲気に思わず怖気が走っていた。

「絃、お下がりください!」

「絃は下がっていろ!」

 月人とろいろが絃を守るように前に立ちはだかっている。

 横目で吹雪と良世を見る。吹雪はこの状況が訳がわからないと言うように、顔を曇らせている。

 一方、良世を見たとき、静かに笑っているように見えた。錯覚かと思って、数回瞬きをしてから良世を見ると、そこには顔を曇らせている良世の顔があった。

 さっきのは、気のせい。だったのか……、と心の中で呟く。

「閂様、アイツは誰だ?」

 吹雪に声を掛けられて、視線を良世から惣に移す。

「彼は百目鬼惣。おそらく、妖が狂暴化している出来事に関わっている。我らはそう考え、調べていた」

 惣は、いつの間にか月人とろいろの間を通り抜けて絃の目の前に立っていた。月人とろいろが惣の背後で威嚇しているのに、一ミリも興味がないのか月人とろいろに視線が向けられることはなかった。顔には笑みを浮かべたままだ。

「嬉しいなぁ、絃。俺のことを覚えてくれててさ。しかも、俺のことを調べてもくれているだなんて。嬉しいなぁ!」

 気が高ぶっているのか、上擦った声をしていた。それがどこか不気味に感じた。

「百目鬼惣、貴様に問う。此度の手長足長の狂暴化は、貴様の仕業か」

 絃は問い詰めるように声を張り上げる。けれど、惣は嘲笑っているだけだった。

「さぁな。調べていくとわかるんじゃないか?」

 惣は小馬鹿にしているように呟いた。思わず、苛立ちが募るけれど、深呼吸をして気持ちを落ち着かせて、本題を問う。

「なら、貴様の目的は一体なんだ」

 惣は、顎に手を置いて空中を見ながら「そうだなぁ〜」と答えを考えているようだった。しばしの沈黙の後、惣は白い歯を見せて笑った。

「それも調べたらわかるんじゃないか」と言葉を濁した。

「ちゃんと、答えなさい!」

 月人が威嚇するように声を張り上げる。

 けど、惣は薄笑うだけだった。

「じゃあな、絃。また会おう」

 惣は、踵を返した。

「待て!」

 絃は、逃げようとする惣を捕まえようと駆け出した。けれど、惣は忽然と姿を消したのだった。

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