第34話

「これ以上、手長足長を暴れさせてはならない。月人、ろいろ。手長足長を祓うぞ」

「御意」

 月人とろいろは、本来の姿に戻る。

「冷泉、漣。我らは手長足長を祓う。逃げぬように境界線を引いてくれ」

 吹雪と良世に目を向けると、「わかりました」と、真剣な表情をしながら賛同してくれた。

 吹雪と良世がもう一度境界線を引いて、手長足長を拘束していく。けれど、やはり引く度に境界線に亀裂が入っていく。それでも、手長足長の動きを封じてくれている。手長足長の注意は、完全に境界線に向いている。

 その隙に、絃は手の平から青い炎を作り出す。手の平に浮かぶ青い炎は僅かな風に当たって、揺らめいている。青白い光が霧に包まれ、木々や草花が生い茂って薄暗い山の中を照らしている。

 絃はその炎に、ふーっとそっと息を吹きかける。すると、青い炎は手の平を離れて空中をふわふわと漂って、絃の顔の前に留まる。

 絃は、その炎の前で両手を合わせて合掌をする。すると、一つだった青い炎から一つ、また一つ、さらにまた一つ、さらにもう一つと横に分裂していく。

「冷泉、漣。境界線を解いてくれ」

「今解いたら、手長足長が逃げる!」

 吹雪が、怪訝そうな顔をしながらきっぱりと言う。

「わかっている。だが、手長足長はどこにも逃げない。いいや、逃げられないから安心しろ」

「何を根拠に!」

 吹雪は声を張り上げる。

「先輩、ここは閂様を信用しましょうよ」

 良世は吹雪に冷静な口調で言い返した。

 吹雪は、納得いかないと言うように、眉間に皺を寄せながら境界線を解いた。それに続いて良世も境界線を解くと、自由になった手長足長が真っ直ぐと絃に向かってくる。

「月人!」

 だが、木の上で待機していた月人が手長の背後を取り、飛び蹴りをかました。月人に気が付いていなかった手長足長は、呻き声を上げながら地面へゆっくりと倒れた。倒れた衝撃音が耳につくと同時に、凄まじい風圧と瓦礫が辺りに飛び散っていく。その風圧は、覆っていた霧を蹴散らしてしまうほどの威力で、立ち込める土埃が少し肺に入って、咳が出る。

「動きを止められたか!」

 吹雪が声を上げるけれど、手長足長はすぐに非常に長い手と足を動かして立ち上がろうと、蠢いている。

「動くな!」

 月人は手長足長に負けまいと、押さえつけている手の平から燃え上がる炎を連発した。その炎が少なからず手長の胴体を焼いているのか、風に乗って焦げ臭さが漂った。手長は、体が焼かれていることが苦しいのか、けたたましい声が山の中に響く。

 その状況を見ながら、絃はゆっくり息を整えた。

「ろいろ、準備はいいか?」

 足元にいるろいろに声を掛ける。

「ああ。いつでも大丈夫だ」と返事を返した。

 今度は、手長足長を押さえつけている月人に目線を向けると、丁度目が合った。

 月人は、静かに首を縦に振った。月人も準備ができているようだ。

「じゃあ、始めようか」

 絃は手長足長に向けて浮かんでいる炎を飛ばした。炎が手長足長に命中する寸前で月人は横に避けた。月人が避けたことで、手長を焼いていた炎は消える。

 手長足長は、赤い目を光らせて横へ避けた月人に目を向けている。まだ飛んでくる炎には気が付いていない。

 手長足長は、月人に向けて大きな手を振りかざしている。自分の体を焼いた月人に威嚇をするように轟音に似た叫び声を上げている。月人が動くのに合わせて、手を下ろした。けれど、その手が月人に届くことはない。

 手長足長が飛んでくる炎に気が付いて顔を正面に向けたと同時に、炎が顔面にもろに直撃した。息を吐く間もなく炎が五連発当たると、当たった顔から一気に全身に広がって天に上る龍のように燃え上がった。

「グァアアー!!」

 手長足長は炎に覆いつくされて叫び声を上げながら、のたうちまわり木々を薙ぎ倒していく。不思議なことに、倒れた木々に炎が燃え移ることはなかった。炎は手長足長だけを燃やしている。

「アァアアア!」

 地獄の業火に燃やし尽くされている亡者のように、手長足長が叫んでいる様子を絃は、眺めていた。

 手の平からもう一度青い炎を作り出す。フーッと勢いよく息を吹きかける。炎は、手長足長に飛んでいき、心臓部分あたりに入り込む。その瞬間、より一層燃え上がった。

 徐々に妖の体が灰となって下半身からボロボロと体が崩れはじめていく。

「た、す、け」

 手長足長は理性を取り戻したのか、か細い声で助けを求めるように絃を見ている。もうその目に赤い光は宿っていなかった。ただ、悲しいと言うように目が潤んでいた。

 その目を見たらやるせない気持ちになる。祓うことに躊躇してしまいそうになるけれど、ここで祓わないといけない。

「悪い、お前たちはやりすぎた。手長足長、今からお前たちを祓うが、悪く思わないでくれ」

 絃は、手長足長に向けて手を向ける。それが、ろいろに向けた合図。

 ろいろは、空気を切り裂くように一声鳴くと、鳴き声が山の中で木霊する。鳴き声を聞いた青い炎は徐々に弱くなって消えていく。完全に炎が消えると、手長足長の体はザラザラとした灰となって地面へと落ちた。

 その直後にそよ風が吹いて、地面に落ちた灰が風に乗って緩やかに舞っていく。その灰が絃の横を通り過ぎていく。

 その間際、「ありがとう」と声がした気がした。

「すまなかった」

 声にならない声が漏れて、空へと向かって流れていく灰を手の平で優しく握りしめた。

「祓ったのか?」

 吹雪が近寄りながら聞いてくる。

「ああ」

 絃は空を見上げながら、一言だけ答える。

「なぜ、祓った?祓わなくても封印という手もあるんじゃないのか?」

「あの妖は、幽世の禁忌を犯した。だから、祓った。そういう決まりだ」

「禁忌?」

「手足手長は、幽世と現世を繋ぐ扉を破壊し現世へ来た。それは、妖なら誰もが知る禁忌。狂暴化していたとは、禁忌は禁忌だ。この場合は、そうする以外に道はなかった」

「そういうことか」

 吹雪は納得したように呟いた。

「俺は、閂様の事は記録上でしか知らなかった。まさか、会えるとは思っていなかったよ」

 吹雪は手を差し出しながら、口元に笑みを浮かべた。

「これからよろしく頼む、閂様」

「こちらこそよろしく頼むぞ」

 絃は、手を握り返した。吹雪は、閂様に理解がある境界師のようだから、きっとうまくやっていけそうだと、思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る