第33話
「我は閂様。手を貸すぞ」
絃は手の平から青い炎を作り出して、手長足長に向かって放つ。炎は見事に手長と足長の腹部に命中する。絃に続くように月人も青い炎を放つと、二つの青い炎が交じり合いながら手長足長に向かっていく。手長足長はその炎を避けきれなかったのか、見事顔面に直撃する。手長足長は、顔面に的中したことに怒ったのか低い唸り声を上げる。
「
黒髪で眼鏡を掛けた低音の男性が、ポニーテールの男性に声を掛けた。
「了解!」
漣と呼ばれた男性は、眼鏡の男性と息を合わせて境界線を引いた。二つの境界線に仕切られた手長足長は身動きが取れず、出ようと暴れ回るも境界線からは出られなかった。
その隙に、絃は境界師の二人を見ると、丁度二人も目を向けてきた。
「俺は、境界師の
「同じく、境界師の
打ち合わせでもしたかのように、二人は挨拶をしてきた。
「我は、閂様の狐井絃。隣に居るが式神と守護獣の」
「月人です」
「ろいろだ!」
挨拶を返しつつ月人とろいろを紹介をした。
吹雪は軽く会釈を返し、良世はにこやかな笑みを浮かべていた。見た目からは、吹雪の方が年上かつ先輩、良世が年下かつ後輩に見えた。吹雪は堅物、良世はおおらかであるからか何とも反りが合わなそうな二人だ。
二人の雰囲気からは、月人やろいろに対する敵対心はなさそうだ。
「我らは、手長足長を追ってきた。やつはいつ、現世へ来たのだ?」
「三時間ほど前です。私たちがこの山の中を見回りしている時に出会いました。こちらにいる女性を小脇に抱えていたので、救出しました。それから、閂様たちが来るまで戦っていました」
絃の問いに吹雪が、耳に残るような低い声で即答した。隣に立っている良世は、目を閉じながら首を縦に振っている。
吹雪は後ろの大木でぐったりとしている葉子に目を向けながら、話を続けた。
「閂様たちがこちらへ来た経緯を教えてくださいますか?あの妖の異変を知っているのではありませんか?」
吹雪は、警戒をするように目を細めながら真っ直ぐに絃を見つめていた。吹雪と良世をよく見ると、二人とも泥と擦り傷を負っていて、葉子の救出に相当苦戦を強いられたのだろう。
「四時間ほど前に、狂暴化した手長足長が突如現れた。理由は分からないが、先日から幽世へ迷い込んでしまったそちらの女性、真鳥葉子を攫って我らに襲いかかってきた。我は手傷を負ってしまい、意識を落とした。その間に手長足長は、幽世と現世を繋ぐ扉を破壊し、現世までやってきたと思われる」
絃はそこで息を吐いてから、また口を開いた。
「ここ最近、幽世では突如狂暴化する妖が増えている。理由や原因はまだわからない。現世ではどうだ?」
吹雪と良世は互いに顔を見合わせて、首をひねった。
「現世では、そのような異変はありません」
吹雪は端的に言う。そのあとに続くように、良世が言葉を続ける。
「しかし、人々が幽世へ迷い込んでしまうケースが増えてきていますね。閂様もご存じとはございますが」
「ああ、その通りだ。幽世に迷い込む人の子ら増えた時期辺りから、狂暴化する妖が増えたと言ってもいい。我らは今その原因を調べているところだ」
「なるほど」
吹雪と良世は、揃って首を縦に振った。
「グァアアア!」
突如、手長足長の叫び声が響き渡って、絃は手長足長に目を向ける。
手長足長は境界線から無理やり出ようと見えない壁を何度も叩きつけている。境界線はそう簡単に壊れるものではない。不思議なことに、境界線よりも手長足長の力が勝ったらしい。叩きつけられた箇所からどんどん亀裂が入って蜘蛛の巣状に広がっていく。
「なっ!境界線にヒビが入っただと!」
吹雪は、焦ったように早口で言いながら、新たな境界線を引く。しかし、それすらも亀裂が入っていく。今手長足長には、二重の境界線が引かれているけど、壊れるのも時間の問題だ。
予想外の出来事に吹雪と良世の顔が青ざめていく。
その中で、絃はこの状況を打破する策を模索していた。
「絃、どうします?」
月人はコソっと耳打ちをしてきた。
「祓うか?絃」
月人に続くように肩に乗っているろいろも、こっそりと耳打ちをしてきた。
二人の言葉に絃は、どうするかと境界線の中で暴れ回る手長足長を見ながら考える。
境界師が引く境界線は強力で、破壊することは極めて難しいと聞いたことがある。しかし、手長足長はいとも簡単に境界線に亀裂を入れた。手長足長は巨人であるからヒビを入れられるかもしれない。けど、いくら巨人の手長足長が境界線を破壊することは可能なのか。ひょっとしたら、別の何かが作用しているんじゃないか。
そう考えると、脳裏に百目鬼惣が浮かんだ。黒人と同じように、百目鬼惣が関わっているんじゃないかと、頭の中によぎる。けど、百目鬼惣が妖の狂暴化に関わっている証拠はまだ見つけられていない。この件に百目鬼惣が関わっていると考えるのは、今考えるべき事じゃない。
今、すべきは手長足長を祓うこと。
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