第32話

 光が収まって光に目が慣れた頃、扉の先に広がっていたのは、木々が生い茂り辺りは白い霧に包まれていた。

 霧は、行く先の先々を覆いつくしていて、異様な雰囲気があった。霧の中から、木々の間にしめ縄と紙垂があるのがうっすらと見えた。

 しめ縄と紙垂しでには、結界という意味がある。

 これはおそらく、が施したものだろう。

「どうやら、山の中のようですね」

「ああ。それにしても、霧が深い。月人、ろいろ、一塊になって歩こう」

「はい」

「あい」

 ろいろは子狐の姿に変化したようで、ぽふっと肩に乗っかってきた。

「絃、どこへ向かいますか?今の所、手長足長の気配は感じません」

 月人が言うように、手長足長の気配は全く感じられない。それどころか、他の妖の気配すらも全く感じない。

 この山には妖がいないだけならいいが、嵐の前の静けさとでも言うかのように、辺りは静まり返っていた。

「ひとまず、辺りを散策しよう。もしかしたら、手長足長も近くにいるかもしれない」

「わかりました」

 絃たちは、先の見えない霧の中を幾分か歩いた時。すると遠くで破壊音と共に手長足長の気配を感じた。

「いやぁああ!」と霧を切り裂くような悲痛な叫び声が同時に聞こえた。

 その声は、間違いなく葉子だ。

「絃、あの声は葉子さんではないですか?」

 月人も、声の主に気が付いたようだ。

「間違いない。急ぐぞ」

 絃は、霧の中を駆けだして気配だけを頼りに葉子と手長足長がいるところへ向かう。

 走ると迫りくる霧が顔に当たって視界を遮るせいで、今どこを走っているのか、不安にさせられる。不安を切り捨てるように、気配だけに意識を集中させた。

 気配の主は山の中腹あたりにいるようだ。絃がいるのはそれより少し上あたりで転げ落ちそうになりながら駆け下りていた。

 しかし、前日に雨が降っていたのか、地面が酷くぬかるんでいて、気を付けていても足を取られてしまう。

「わっ!」

 前に転びそうになるのを、月人が後ろから支えてくれた。

「絃、大丈夫ですか?」

「ああ、ありがとう。しかし、どこもかしこもぬかるんでいるな」

「ええ、そうですね。地面ではなく木の上を飛んでいく方がよさそうですね」

「そうするか」

 絃は、軽やかに木の枝を踏んで気配の場所へと向かった。

 気配の主がいるところまでたどり着くと、木の下では黒髪の男二人組が手長足長と対峙していた。

 その様子を絃は、木の上から見ることにした。葉子を探すと、葉子は二人組の男性がいる後ろの大きな大木にぐったりと寄りかかっていた。どうやら無事のようだ。

「葉子さんは、気絶しているだけみたいですね。それよりも、あの二人組の男は一体誰でしょうか?」

「あれは、境界師だ」

「境界師?」

「ああ。閂様である我が幽世全体と現世、幽世を繋ぐ扉を守っているのと同じように、現世にも現世を守る存在がいる。それが境界師だ。ここに来た時にしめ縄と紙垂しでがあっただろ?

「ええ、ありました」

「それは境界師たちが、幽世との接点になりそうなところにああやって、境界線を引いているんだよ」

 境界師の二人組は、人差し指と中指を立てて、空を切るように横一文字に払うと、何もない空中から白い光が現れて妖の足元へと落ちると線ができる。それを前後で挟むことで、境界線となる。しかし、狂暴化している手長足長に苦戦しているようで、うまく境界線が機能できないように見えた。

「絃は、彼らと知り合いなんですか?」

 月人は不思議そうな顔つきで聞いてきた。

「いいや。師匠から話を聞いただけで、会うのは初めてだ」

「それにしても、大分苦戦してるぞ、アイツら」

 ろいろは境界師たちを見ながら少し不満げな口調で言い放った。

「絃、助太刀に入ります?」

 月人の言葉に絃は、少しだけ考えた。

 二人には言ってはいないけれど、閂様と境界師は協力関係ではあるものの、それはその場にいる境界師たちの考えにもよったりする。

 協力を築いてくれる者もいれば、拒んで敵対する者もいる。最悪、式神や守護獣に攻撃する者のもいる。

 助太刀に入れば、葉子は助かるし、手長足長を退治することもできる。けど、二人の境界師が月人とろいろを敵と判断して、攻撃をして来たらどうする。

 閂様は人の味方でもなく、妖の味方でもない。現世と幽世の均衡を保つのが役目。その役目を手伝ってくれるのが式神と守護獣。もし、月人とろいろを失ってしまったら、その役目が果たせなくなる。

「災いに気をつけろ」と言い残した琥珀の言葉が、頭の中で反芻する。答えを出したいのに、出せない。

 頭の中で悶々と考えていると、不意に肩を叩かれた。叩かれた方に目を向けると、月人が絃の肩に手を置いていた。

 月人の顔を見ると、弧を描くように笑っていた。

「絃、大丈夫です。きっとうまくいきます」

 さっきまで悶々と考えていたことを月人はまるで見透かしたように呟いた。そのことに思わず目が丸くなった。でも、不思議とさっきまで考えていたことが、少しだけ馬鹿らしく思えてきた。月人が言うように上手くいくような予感がしてきた。

「そうだな。あの二人に助太刀に行くとしよう」

 でも、この選択は本当に正しいのか、一抹の不安がよぎった。けど、不安を押し殺して木の上から飛び降りて、二人の境界師の前に降り立った。

 二人の境界師は、絃を見て茫然と固まっていた。

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