第31話
暗い道をドスドスと音を立てて誰かが歩いている。その音が空気を振動させているのか、暗闇全体が震えているように感じた。
足音の持ち主は、目的地に着いたのか足を止める。
ガシャガシャと金属音が前後に揺られる音が響く。動かしている物が動かないのか、はたまた開けられないのか、雄叫びを上げている。でも、諦める気がないのか何度も、何度も、揺らしていて、金属音が頭の中で鳴り続けている。
やがて、力に負けたのか、ガリィンと金属が壊れる音がした。足音の持ち主は、ギィィと何かを開けて、その先へと走って行った。
「絃、起きてください!」
ハッ、と月人の声が聞こえて絃は目が覚めた。眩い光が目に差し込んできて目を細める。次第に光に目が慣れると、そこには脂汗をかいている月人と目が合った。
「よかった。目が覚めたんですね。酷く魘されていたので心配しましたよ」
ほっ、と息を吐く月人に少し罪悪感を覚えた。
「ごめん」
「謝る必要はありませんよ。それにしても、どんな悪夢を見ていたのですか?」
絃は月人に起こされるまで見ていた光景を思い出していた。見ていた光景は紛れもなく、幽世から現世に行くときにある境界。その道を、葉子を攫った手長足長が扉をこじ開けて現世へ行ったという、現実味が溢れるものだった。
夢のようにも感じられたけれど、きっと現実に違いない。扉を開けられた感覚がそれを物語っている。
「悪夢というより、現実かな。手長足長が現世へ続く扉をこじ開けて、現世へ逃げた夢」
月人は目を見開くと、少しだけ罰が悪そうに顔を俯けた。
「申し訳ございません。私が、手長足長を捉えられていれば。そうしたら、手長足長が現世へ逃げることも、絃とろいろに怪我を負わせずに済んだのに」
悔しいと言うように、歯を食いしばり拳を強く握る月人。
絃は、月人の手の上に手を置いた。
「月人、そんなことはないよ。月人は良くやってくれた。手長足長の手を避けきれなかった僕に責任がある」
「いいえ!」
月人が大きな声を上げた。
「私は絃の式神です。あなたを守るのが式神である私の役目。それなのに、主に怪我を負わせて。私は、式神失格です」
月人は額を畳の上に押し付けるように頭を下げた。
「そんな、月人の所為じゃないよ!」
「いいえ!私の責任です」
月人は責任感が強い。きっと、何を言っても譲ってはくれない。何を言えばいいか考えていると、くかぁとろいろが欠伸をした。
「絃、月人。今回は誰のせいでもない。これは、誰も予見することはできなかったことだろ?あいつ以外はさ。今は現世に行った手長足長を退治に行こう」
いてて、と前足で頭を押さえるろいろは、的確なことを言ってくれた。
「それもそうだね。月人、顔を上げて」
月人はおずおずと顔を上げる。
「これから、役目を果たしに行くから、月人も着いてきてくれるかい?」
「もちろんです。次こそは、役目を果たして見せます」
月人は決意に満ちた目をしていた。その目に答えるように、絃はゆっくり深く首を縦に振った。
「なら、善は急げだ。急ごう」
絃は、痛みに耐えながら立ち上がり、妖の姿へ変化した。
手長足長が通った後は、どこも床が抜けていたり、襖が破壊されている。
扉がある地下へ向かうと、鉄扉がこじ開けられていて酷く歪んでしまっていた。扉の下に閂が地面に落ちていた。
絃はその閂を拾って壊れたところがないか見回していく。鍵穴をこじ開けられたのか、酷く歪んでしまっていた。
閂を手の平の上に乗せ、反対の手でかざすと閂から光が放たれる。その光が歪んでいた鍵穴を中心に集まっていくと、歪んだ鍵穴は徐々に元の形へと戻っていった。元の形に戻った閂はひとりでに浮いて、ふよふよと浮かびながらもとにあった場所へと戻っていく。
ろいろが一声鳴くと、扉がガタガタ揺れ出し怪しく光り出す。
絃は、扉に向かって手を翳すと歪んだ扉が、徐々に本来の形へと戻っていった。
「これで扉の修復は完了。残るは、妖の退治のみ。月人、ろいろ。行くぞ」
「承知いたしました」
「了解した」
ろいろが一声鳴くと、扉はガタガタと揺れ怪しく光り出す。閂がカチャカチャと金属音を鳴らしながら、開閉を今か今かと待ちわびているようだ。
絃は、閂に手を向けるとガチャンと、開けられる。
鉄扉が金属音を鳴らしながら、開いていく。扉の向こうには相変わらず暗闇の境界が待っていた。
絃は、暗闇の中へと足を踏み入れていく。その後ろに月人とろいろが続いていく。境界内は、黒い絵の具を塗りたくったように暗く自分の足元すらも見えない。
絃は手の平から青い炎を作り出すと、淡い青い光は暗闇の中を照らし出した。ふよふよとぶら提灯の提灯お化けがやってきて、絃の掌にある青い炎を呑み込んだ。提灯は青白い光を帯びて暗闇を照らしていく。
「月人、ろいろ。走るぞ」
「御意」
「分かった」
絃は、暗い道を走って行くと、月人とろいろも続く。
今は一分一秒が惜しい。手長足長は巨人だし、今は狂暴化している。それが現世で暴れたらまずい。
焦る気持ちを落ち着けながら、境界内を走り続けると、鉄扉が忽然と現れた。扉の前までやってくると、足を止めて扉を見る。
扉にはどこにも傷はついていなかった。夢か現実かで見た時は、手長足長が壊していたけど、本体の扉を直したことで、こちらも連動して直っていたようだ。
「この先が現世だ。月人、ろいろ、心の準備は良いか?」
「御意」
二人は声を揃えて呟いた。
「開けるぞ」
絃は、閂に手を向けるとひとりでに閂は外れた。
鉄扉もひとりでに開いていくと、眩い光が境界内を覆った。その眩しさに絃はほんの少しだけ目を閉じた。
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