第30話

「絃っ!」

 視界の端で月人が焦ったように駆け出して来たのが見えた。

 この手を避けられなかったら、間違いなく吹っ飛ばされる。もし、それで少しでも意識を落としてしまったら、月人一人で手足手長と対峙しなくてはならなくなる。

 それだけじゃない。絃が意識を落としたら、扉を管理するものがいなくなり、誰もが自由に開けられるようになってしまう。それは、絶対に避けなくてはならない。

 迫りくる手を前に、奥歯を噛みしめながら「動け、動け!」と自分の体に喝を入れた。

 手長の大きな手が庭の地面を大きく抉った。

「絃ッ!」

「大丈夫だ!何とか交わした!」

「よかった!でも、怪我を……」

「掠っただけだ!」

 絃は迫りくる手をどうにか避けられた。けど、体中に風圧と小さな瓦礫が頬や腕を掠めて鎌鼬とすれ違ったかのように、横一文字の傷ができていた。

 手足手長と十分な距離を取り、視線をずらさないようにうっすらと滲む血をふき取る。

「絃、この妖は……?」

「手足手長だ。二人組の巨人。担がれている方が手長、担いでいる方が足長だ」

「巨人って……。一体、どこから現れたんだ?」

 月人は手長足長を見ながら真っ青な顔をしている。

「分からない。だが、葉子が攫われている」

「何ですって?」

 月人にわかるように葉子がいる方向に指を指し示す。

「ほんとですね。どうしましょう、絃。巨人相手に私たちじゃ分が悪すぎる……」

「ああ、そうだな」

 月人はすでにボロボロな状態。これ以上無理はさせられない。でも、どうする、と頭の中で考える。今、最優先するのは、葉子を助けること。けど、それには、手足手長をどうにかしなければいけない。手足手長は今、絃に注意が向いている。けど、それが幽世の町に向いてしまったら、妖たちが危険な目に合わせてしまう。

「とりあえず、封印をする!」

「分かりました!」

 絃は、手足手長に向けて青い炎を打ち出そうとした。

 その時。

 距離を取ったはずなのに目の前に手足手長がいる。唸り声を上げて、大きな拳を天高く振り上げているのが見えた。

 さっきの速さに目が慣れたのか動きが遅く見えて、余裕で交わせると思った。けれどドン、と全身に痛みと衝撃が走ったのを感じた時には、時すでに地面に体を打ち付けられていた。

 視界には、足長の大きな足しか見えない。

「なにが、おき、た……」

 何が起きたのか理解ができなかった。

 額からドクドクと流れ落ちる血が頬を伝っていき、瓦礫の上に赤い染みを作っていく。頭を強く打ったようで、ぐわんぐわんと歪む視界で、拳を振り下ろした状態の手長を見てようやく理解した。

 交わせると思った一撃を交わしきれず、全身に諸に当たったのだと。

「貴様ァ!」

 月人が仇討ちでもするように叫んで、青い炎を連続で放ち続けるも手長足長に当たることはなかった。

「絃!大丈夫か!」

 ろいろが視界に入る。ろいろは子狐姿ではなく、本来の成獣となっていて、心配そうな目で見つめていた。

 ろいろを安心させようと、「大丈夫」と言いたかったが、全身に走る痛みに顔を歪ませることしかできなかった。

 歪む視界の中で、手足手長がろいろに気が付いたのか、月人に目もくれず、ろいろの背後を取った。狙いを定めるように拳を振り上げる。

 まだ、ろいろは気づいていない。

「ろ、いろ、うし、ろ」

 痛みで声が出なくて、口を懸命に動かす。

 ろいろの耳には届いたようで、パッと後ろを振り返った瞬間に、ろいろの脳天に拳が振り下ろされた。

 ガクッと、体を揺らしてろいろは地面に吸い込まれるようにうつぶせに倒れた。

 手足手長は、轟音にも似た叫び声を上げながら、屋敷を踏み荒らしていく。向かう方を目で追うと、地下あたりに向かっていった。

 手足手長の目的はおそらく、扉に違いない。

「ま、て」

 絃は、痛む体を押しのけて立ち上がろうとするけど、体にうまく力が入らない。体が前のめりになって倒れていくのがわかった。

「ま、ずい……、たお、れる……」

 地面と衝突する直前、誰かに体を受け止められた。

 目だけ動かして見ると、そこには傷だらけの月人がいた。月人を見たら安心して余計に体から力が抜けていく。

「絃、しっかりしろ!」

「絃っ!」

 月人の声がどんどん遠くに感じると、月人の顔がどんどん青ざめていく。

「絃ッ!起きろッ!扉の管理者がいなくなって、手足手長の思い通りなってしまうッ!」

「わか……ってる……」

 でも、どんどん視界が狭まっていく。瞼がどんどん重くなってきて、視界も黒くなっているのを必死に耐えている。けど、それに抗えない。

 気が付くと、月人の顔が黒く染まっていた。視界は完全な黒に包まれ何も見えず、聞こえなくなった。

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