第29話

 葉子が幽世へ来てから、早くも一週間が過ぎようとしていた。

「絃、やはり葉子の動向に怪しい点はありませんでした」

「そっか」

 相槌を打ちながら、絃はここ最近の葉子のことを思い出していた。出会った当初と比べると、大分明るくなったとはいえ、どこか影を纏っているように見えた。最近はその影が多いように見える。

 葉子なりにこれからの事を考えているんだろうか。ここへ来た明確な経緯も口にしない。よほど言いたくないだけなのか。それとも、その経緯を忘れてしまったのだろうか。

「月人」

「何でしょう?」

「そろそろ、ここへ来た経緯に探りを入れてみる?」

 月人は、深く頷きながら「私もそう考えていました」と賛同してくれた。

「本人を呼んで経緯を聞き出しますか?」

 絃は唸りながら、頭の中で考えを巡らせる。葉子と生活を共にして、真面目で慎重な性格の持ち主だと感じている。直接聞き出しても上手く話を濁して事実に辿りつくまでに相当骨が折れそうな気がする。

「さりげなく聞いてみよう。直接聞くとごまかされそうな気がするし……」

「承知しました。じゃあ、私がさりげなく聞いてみますね」

 月人は葉子とご飯を作ったりと何気に一緒にいる時間が多い。月人ならその間に上手く聞き出せるだろう。

「よろしくね、月人」

「はい」と、月人は部屋を出ていく。月人のことだ、さっそく聞き出しに向かったのだろうと、考えていると「絃」と名前を呼ばれた。

 声がした方に目を向けると、襖のところに猫又の琥珀が座っていた。

琥珀こはく、久しぶりだね」

 琥珀はゆらゆらと二つに分かれた尾を揺らしながら、絃の膝元まで歩いてくると、ちょん、と座った。

「絃、気をつけろ。これから、災いが来るぞ」

 琥珀には未来予知の能力がある。黒人の時も予言を残し見事に命中した。命中したのは、一つや二つだけじゃないから、琥珀の言葉は聞き捨てにすることはできない。そしたら、困るのは目に見えている。

「災いって?どんな災いなの?」

 問い返すけれど琥珀が答えるそぶりはない。

 真っ直ぐと絃を見つめたまま強調するように「絃、気をつけろ。災いを跳ね返すんだ」と二回ほど繰り返した。それほどまでに重要なことなのだろう。

「わかった」と頷くと、琥珀も頷いた。

 突然、「きゃああ!!」と葉子の叫び声が屋敷内に響いた。叫び声をかき消すように大きな足音がドカドカと聞こえた。その足音に続くように、グシャグシャと襖が壊れる音が聞こえた。

「まさか、これが災いか?」と呟く。

 膝元に乗っている琥珀に視線を向けると、そこにはもう琥珀の姿はなかった。いう事だけを言って、いなくなるのは琥珀らしい。

「とりあえず、月人とろいろと合流しよう」

 絃は、妖の姿へ変化して、急いで部屋を出た。部屋を出て廊下に出た時に、さっきまで一切、感じなかった殺気立った妖の気配を感じた。

 気配の主を探ろうと耳をそばだてて神経を尖らせる。気配の主が庭の方にいるのを感じたと同時に、庭の方から戦っている音が聞こえた。より深く気配を探ると、月人の気配を感じた。

「月人と気配の主が戦っているのか」

 絃がいる廊下から庭まで行くとなると、位置的に遠回りになってしまう。最短で庭に行くには、この廊下の突き当りにある空室に入れば、庭に近い廊下に出られる。

「早く行かないと」

 絃は駆けだして、廊下の突き当り辺りにある部屋の襖を勢いよく開けた。そのまま閉めることなく、廊下に繋がる襖を雑に開けて駆け出す。庭に向かっている間も、物が壊されているのか激しい音が鳴り止まない。

「月人、無事でいてくれ」

 月人の無事を願いながら、走り続けてようやく庭へたどり着く。

 そこには、異様なほどに手が長い妖を、異様なほどに足が長い妖が肩車をしていた。二人の妖の両目は眩しいほどに赤い眼光を放っている。二人の妖は、首を伸ばさないと顔が見えないくらいに巨人で、唇が裂けるぐらいに笑みを浮かべていて、猛烈な殺意を流している。

 その殺意に絃は思わず息を呑むと、脳裏にこの妖の名前がよぎった。

手長足長てながあしながか……」

 手長足長は、山に住むとされる二人一組の巨人。片方は非常に長い手、もう片方は非常に長い足を持っている。書物で読んだことはあるけれど、実際に会うのは初めてだ。

 荒れる息を落ちつけながら手長足長を見ると、手長の腕に気絶しているのかぐったりと動かない葉子がいた。

 月人に目を向けると、手長足長の前に立ちはだかっていた。月人は、黒髪で狐耳と尻尾が生えていて妖の姿になっていた。月人の無事に安堵した。けど、その束の間、額から血を流していて、ポタポタと流れ落ちた血が地面を赤く染めていた。月人は、立っているのがやっとなほどの大怪我をしていた。

「月人!」

 居ても立っても居られなくて、月人の名を呼びながら走り出す。月人はゆっくりと顔だけ振り返ると、危機感からか青い目が血走っていた。

「絃!下がっていてください!危険すぎます!」

 月人はすでにフラフラな体なのに、それでも式神として役目を果たそうと懸命に戦っていたんだ。それに気がついたらもう、月人に無理はさせられない。

 絃は、手のひらから青い炎を作り出しながら「月人の方こそ、下がっていろ!」とその炎を手長足長に向かって二発を放つ。

 放たれた炎は真っ直ぐと手長足長の顔に向かっていた。炎が命中した音が聞こえたから、命中したものと思った。

 けど、気が付けば、手長足長は絃の目前にいた。手長足長は、閂様である絃を敵とみたのか大きな手を振り上げると、絃に目掛けて振り下ろした。

 手が振り下ろされた瞬間を目で捕らえられた。けど、体が反応できない。目の前いっぱいに大きな手が迫り来ていて思わず、息をするのを忘れていた。

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