第23話

「できたよ」

 彼氏の前にご所望の出来立てオムライスを机の上に置く。

「お~」

 スマホ画面をタップしながら、間延びした返事をした彼氏は、こちらには見向きもしない。作ってくれてありがとう、とたった一言すら言ってくれないのはいつもの事。だけど、心のどこかでその言葉を欲している自分がいた。でも、それはきっと叶うことはない。

「私、シャワーを浴びてくるから、ゆっくり食べてて」

「ん」

 聞いたんだが、聞いていないのか分からない返事をした彼氏は、スマホに夢中のようだ。この先の展開が読めてしまう。きっと、聞いていない、出来立てが食べれなかったと自業自得でしかない愚痴を吐くのだろう。

 どう言われようとも、もうどうだっていいや。

 きっと、もう彼のことは好きでもなんでもないはずだから。いいや、どうして彼氏を好きになったのかさえも、もう思い出せない。それほど、恋に盲目だったのだろう。

 今は、寝ることが何よりも優先事項。シャワーはさらっと浴びて上がる。本当はスキンケアは念入りに行いたいけど、寝る方が大事だ。そんな状態がここ数か月続いているのもあって、顔にはニキビがあちこちできて、肌荒れし放題。お世辞にも肌が綺麗とは言えない。ドラマでもテレビでも、女は自分を磨いている人ほど美しいと言っているけど、今の私は自分磨きすら鬱陶しいから、醜く映っているだろう。だから、きっと彼氏に飽きられるのも時間の問題かもしれない。

 髪の毛を乾かして、自分の部屋に戻ろうとリビングへ行くと彼氏が仁王立ちをしていた。彼氏の眉間には深い皺が刻まれている。

「葉子、なんで出来たって言わなかったんだよ。お陰で冷めただろ!」

 ああ、また始まったと、心の中で呟く。

 彼氏は妙なこだわりがもう一つある。ご飯は出来立てじゃないと食べない。電子レンジをもう一度温めるというのもダメ。出来立てであろうと、冷めていても味は変わらないのに、と常々思う。きっと母親からドロドロに甘やかされて育ってきたんだろうと、予想が付いてしまった。

「言ったつもりだったんだけど、スマホに夢中だったみたいで……ごめんなさい」

 今日は早く寝たくて、早くこの会話を終わらせようと素直に謝る。

「ったく、今後から気をつけろよ!」

 今日は運よくこれで会話が終わったようで良かった。

 彼氏は冷めきったオムライスを手に取って、流しのシンクに投げ入れるように捨てた。不機嫌そうにドサッとソファの上に寝転んだ。

 せっかく作ったオムライスは、べちゃりと形が大きく崩れている。

 誰がその掃除をすると思っているの、と口にしようと思った。けど、余計面倒になるだけだと思って、口を閉ざした。

 彼氏の中で、私の存在はオムライスと同じように簡単に捨てられるものなんだ。そう思うと、悔しさもあるけど、悲しくて仕方がなかった。

「じゃあ、私は明日も仕事だから、寝るね。おやすみ」

 目尻に浮かぶ涙が零れてこないように気を保ちながら、近所迷惑にならないやや大きめな声で喋る。

 彼氏は追い払うように手を振り返してきた。

 同棲当初は、一緒のベッドで寝ていたけれど、今は別々だ。

 彼氏はずっとスマホに夢中で、別の女の子とやりとりをしているんだろうなと、察しがつく。最初は辛くて嫌だったけど、好きかどうかもわからなくなってしまった今なら、もうどうでもいいか。


 寝たのが、深夜二時近くで、起きる時間は朝の五時。だいだい三時間睡眠で、疲労は取れず、重怠い体に鞭を打って起き上がる。彼氏はまだ寝ている頃だろうから、音を立てずにリビングに向かう。

 台所でお昼のお弁当と朝ごはん用の小さなおにぎりを作る。職場までは車でだいたい三十分くらいかかる。運転中に眠くて重い瞼が落ちないように眠気覚ましでおにぎりを食べながら運転している。

 始業時間は八時だけれど、それよりも前に来て昨日やり残した仕事を終えなくてはならない。いわば、前残業というやつで給料にはもちろん含まれない。でもそうしないと、仕事が終わらないし、終わっていなければいないで上司や後輩たちからぐちぐちと言われるだけ。といっても、部署内の仕事のほとんどをやっているわけだから、文句を言われるような筋合いはないと最近思う。

「行ってきます……」

 自分の耳でも聞こえないぐらいの小さい声で挨拶をして、部屋をでた。

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