第21話
「全く、なんでこんなものもわからないの!あなた、何年この仕事をやってるのよ!」
「すみません」
バサバサと落ちていく書類たちは、
「全く、あなたは本当に使えないわね。いっそのこと、この仕事を辞めたらどうなの?あなたには向いてないわよ」
カツカツ、とヒールの音を鳴らして歩き出す上司は、床に落ちた企画書たちを踏みつけていく。それが自分は本当にいらない人材だと見せつけているようで、悔しかった。悔しくて、今にも溢れそうになる涙を懸命に抑え込む。
「申し訳ございませんでした」
震える声で謝罪をするけれど、誰も聞いてくれる人はいない。その代わりに、クスクスと嘲笑う声がオフィスに響く。
「また、やってるわね」
「いい加減、学習したらいいのにねぇ」
「
ヒソヒソと聞こえる噂話は、悔しい気持ちに水を差していく。聞いてしまったら必死に抑え込んでいる涙が流れ出てしまいそう。噂話を聞かないように、床に落ちた企画書を震える手で拾い上げる。踏まれたせいでくしゃくしゃにされた企画書たちは、自分の心そのもののように感じた。
席へ戻ると、「あ、真鳥さん。この仕事お願いね」と、ドサッと置かれたファイルの山が目に入る。
置いた人を見ると、出世して課長となった同僚が楽しそうにニマニマと笑っている。
それ、あなたの仕事ですよね、と心の中で反論する。けれど、それを口に出す気力はなくて、ただ頷くことしかできなかった。
「じゃあ、よろしくねぇ〜。役立たずさん」
同僚はひらひらと手を振りながら、自分の席へと戻っていた。その姿に恨めしさを感じた。それは、付き合っていた彼氏を同僚に奪われて、挙句に同僚はその彼氏と籍を入れて、来月に結婚式を挙げることを、恨んでいるからなのだろうか。
恨んだところでどうにもならないのは、わかっている。
でも、どうしてだろう。いつもなら気にしないのに、同僚があてつけるように薬指に嵌めている指輪が、今はどうしても恨めしいと思った。
頭の中の考えを全て消すように、未だに重い心を動かしてパソコンを起動させる。
「あはは、ウケる~!」
「でしょ!」
向かいの席に座る後輩たちは、勤務時間であるのにも関わらず、スマートフォンをいじっている。動画を視聴しているようで、ガヤガヤ騒ぐ人の声がオフィス内に流れているけど、それに注意をする人は、誰もいない。
ちらりと、時計を見るフリをしながら課長の席を見る。課長となった同僚は、後輩たちには目もくれず自分のネイルをいじっている。課長が注意しなければその他の先輩たちが注意するかもしれないけど、この職場に注意をできるような人はいない。
いるのは、人がやっていることにいちゃもんをつける口先だけの社員だけ。
職場はほとんどが女性社員で、男性社員は数人しかいない。男性社員はみな顔立ちが良く、女性社員たちが取り合いをするという修羅場と化している。
入職したときは、今のような感じではなかった。厳しくも愛がある女課長、きっちり仕事ぶりを見てくれる先輩、互いに助け合えるたくさんの同僚がいた。
でも、女課長が辞めてから、この職場はおかしくなっていった。なにより、仕事が全くできていなかった一人の同僚が課長へ抜擢されたときから、変だった。それに気づくのが遅かった。
同僚が課長になってから、職務の怠慢は日常茶飯事となったし、やる気があって仕事ができる先輩も同僚も皆、辞めてしまった。残ったのは、仕事を甘く考える今時の若者と仕事を押し付ける課長と、仕事の能力は低いのに他人を威張ることしかできない無能な先輩だけ。真面目で仕事ができる子はどの職場でも重宝されるだろうが、ここでは汚点にしかならない。
ポコン、とパソコンが立ち上がった。素早く、表計算ソフトとプレゼンテーションソフトを起動させる。今日も残業確定だなと思いながらデータを無心で入力していく。
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