第20話

 黒人の狂暴化から、早くも二週間が経過した。絃は、八尋に呼ばれて八尋の一軒家を訪れていた。

「失礼するよ」

「おう」

「お待ちしていました」

 扉を開けると、八尋と海里が絃を出迎えてくれた。八尋と海里に廊下の奥へと案内される。

「まぁ、腰を掛けろよ」

 店の奥には、主に八尋が使う作業机と、来客用の机と椅子がある。絃は椅子を引いて静かに腰を掛ける。

 八尋は、ドカッと椅子を引いて座り、足を組んだ。

「今日は、月は連れていないのか?」 

 八尋は、月人がいないことに今更気が付いたようだ。

「うん。月人は買い出しに行ってるんだ」

「へぇ」

 八尋は聞いてきたわりにあまり興味がなさそうだった。

「そうなんですね。絃様と月人は一緒にいるところしか見たことがないので、新鮮です」

 逆に海里は興味があるようで、目を輝かせて月人はどこに買い出しに行ったとか詳しく聞いてきた。幾ら一緒にいることが多くても、月人がどこに買い出しに行っているかなんてわからないし、月人はそういうことをあまり教えたがらない。

 どう返そうか考えていると、

「海里、その辺にしておけ」

 八尋が助け舟を出してくれた。

 八尋は少し引きつった表情を浮かべながら、海里を見ていた。八尋の制止に海里は不服そうに少し頬を膨らませた。けど、素直に従って話をやめた。

「それでだ、絃。この間頼まれた百目鬼惣についての情報なんだが」

 八尋はそこで言葉を区切った。

 どんなことでも、ズバッと言うのが八尋であるが、気になるところで言葉を区切るのは珍しい。それほど、大きな情報なのか、それとも情報すらなかったのか。そのどちらかだろうと予測しながら、八尋の言葉を待つ。

「情報は、なにも出てこなかった」

 八尋は悔しそうに呟いた。予測は当たっていたけれど、情報通の八尋が調べても情報が出てこないのはとても珍しい。

「なにも?年齢とか、誕生日すらも?」

 八尋は静かに首を縦に振った。

「ああ。百目鬼惣に関しての情報は幽世と現世にいる妖たちに聞き込んだが、誰も知らなかった。人に紛れて生活する妖連中にも調べてもらったが、名前以外は何も出てこなかったらしい。わかるのは、名前だけ。それ以外の情報はない」

 八尋はそう断言した。

「そっか。なら、百目鬼惣がなんらかの手段で情報を消した可能性はある?」

 百目鬼惣という男は、よほど秘密主義な人間なのだろうか。それとも、すべての情報を消しているのか、そのどちらかだろう。勘ではあるけれど、前者はありえない気がする。自分から名前を名乗るくらいの男だ。となると、後者だろう。

「あり得るな。なぜか綺麗さっぱり、情報がないからな」

 絃の考えを八尋も肯定してくれた。でも、自分に関わる情報を綺麗さっぱり消すのは可能だろうか。もしかすると、協力者がいるんじゃないか、と頭をよぎった。

「八尋、海里。調べてくれてありがとう。引き続き、調べてくれるかな。これは、お礼の品物だよ」

 机の上に二つの紙袋を置く。一つの紙袋には酒が入っていて、これは八尋への贈り物。もう一つの紙袋には、月人特製の梅干しが入っていて、これは海里への贈り物。

「おお、ありがとな。おっ、結構いい酒じゃんか」

 八尋は紙袋から酒瓶を取り出し、嬉しそうに声を弾ませて贈り物を喜ぶ子供のように、じっくりと眺めている。

「ありがとうございます。これは、梅干しですね。ありがとうございます」

 海里は、梅干しが大好物。瓶に詰まった梅干しを見て、嬉しさが隠しきれないようで、普段の無表情からは考えられないくらいニマニマと笑みを浮かべている。

「じゃあ、僕はこれで失礼するよ」

 絃は、喜ぶ二人を見て嬉しい気持ちになりながら、静かに席を立って部屋の扉を開ける。

「調査はこっちに任せろぉ〜。ヒック……、またなぁ~」

「お気をつけて帰ってくださいね」

 酒瓶を開けてさっそく飲み、酔っぱらっている八尋が、ひらひらと手を振っていた。

 海里は、さっそく梅干しを食べたようで、酸っぱいのか顔がしわくちゃになっていた。

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