第18話

 中から、結界を破った無傷の黒人がゆったりとした足取りで出てくる。

「黒人、よかったぁ……」

 なずなは、安堵の息を零しているのを見ると、ここで、黒人を封印や退治してしまったらなずなに深い傷を負わせてしまうんじゃないか、そう頭の中で考えてしまう。でも、封印や退治以外の方法はない。ますます黒人の対処をどうしたらいいのか、悩んでしまう。

 でも、何もしないで見過ごすことはできない。

 どうすればいい……。

 絃は、唇を噛みながら頭を必死に動かしていた。

 黒人はゆったりとした足取りで向かってくる。

 その時。

「な……、なず、な」

 なずなの名前を呼びながら、なずなを求めるように手を伸ばしていた。

「黒人、黒人なの?」

 なずなは声を震わせながら黒人の名を呼ぶ。

「あ、あぁ。俺だ」

 黒人は、なずなの呼びかけに答えた。

「俺は、どうして……。何をやっているんだ?」

 黒人は困惑した表情を浮かべているけど、赤い眼光がだんだんと薄れていって、本来の青色の目に戻っていく。

 正気に戻ってきていると、絃の心の中で呟く。正気に戻れた理由は何だろうと考えると、なずなが視界に入った。もしかすると、黒人はなずなに反応を示して正気に戻ったんじゃないかと考えた。

「花立!黒人に話しかけ続けて黒人を正気に戻すんだ!」

「わかりました!」

 なずなは、絃と同じように考えていたのか一つ返事で頷いた。

「絃、花立さんに声を掛け続けて黒人を正気に戻すということですね?」

 月人の言葉に絃は首を縦に振って頷く。

「ああ。花立が黒人の気を引いている隙に、封印の準備をする」

「封印ですか?あのまま行けば、正気に戻れそうですよ?」

 月人は、眉を潜めた。

「けど、あれはきっと奇跡に近いはずだ。ずっとあのままでいられる保証はない。なら、黒人を一度封印して、再解除する。そうすれば、黒人を完全に正気に戻せるかもしれない。今思いついた!」

「なるほど。では、それに賭けましょう!」

「ああ!」

 絃は、懐から札を取り出す。札の上に手を翳すと、行書体で赤い文字が札一面に書かれていく。

 視線を黒人となずなに向けると、なずなは、黒人に触れられる距離まで近づいていた。

「黒人、大丈夫?」

「ああ。なずなは、大丈夫か?」

「うん。閂様が守ってくれたから」

「そうか……。なずな、俺はどうしてしまったんだろうな。地面には兄上たちが倒れているし。俺の手はどうして、血で濡れているんだろうな」

 黒人は涙を溜めながら、自分の手をじっと見つめている。

「黒人。それは、きっとこれからわかるよ」

 なずなは、血で濡れている黒人の手を優しく握った。

「なずな、汚れるぞ」

 黒人はなずなの手を振り払おうとしたが、なずなは断固として手を離さなかった。

「聞いて、黒人。私ね、黒人のことが好きだよ。だから、この先もずっと一緒にいるし、絶対手を離さない。だから、黒人も約束をして。どんなことがあっても、私から離れないって。ずっと一緒にいるって。二人で一緒に生きよう」

 涙を流しながら語りかけるなずなを黒人は、ボロボロに涙を流しながら抱きしめていた。

「ああ。なずな、愛している」

「私もだよ」

 黒人はなずなから離れると、絃に顔を向けた。

「閂様、お願いします」

 黒人はこれから封印されることをわかっているようだった。それはなずなも同じなのか、深々と頭を下げた。

「わかった」

 絃は、二人の思いを受け入れるようにゆっくり首を縦に振る。

 なずなは黒人から離れた。

 それを見届けると絃は、黒人に向けて札を飛ばす。札は黒人に触れた瞬間に、触手のように手を伸ばし黒人の体中に巻き付いて全身を包み込んでいく。

 凄まじい閃光を放ちながら、小さな球体へと姿を変えて空中を漂う。

 絃は、球体に手を取ると巻き付いている札の一片を剥がした。途端に、再び閃光が放たれていくけれど、次第に光がゆっくりと収束していく。

 その光の中から黒人が現れた。

 黒人は、細く長く伸びた睫毛を震わせながら、ゆっくりと目を開けた。

 その目は、空のように澄み渡る青色の目だった。

 先ほどまで纏っていた異様な雰囲気は消え去っていた。

「黒人!」

 黒人に駆け寄って抱き着くなずなの体を、黒人は抱きしめ返していた。

「黒人、私がわかる?」

「ああ、わかる。なずなだ」

「お帰りなさい」

「ただいま」

 互いに涙を流している様子に、絃は心の底から安堵した。

「黒人は正気に戻ったようですね」

 月人は柔和な笑みを浮かべて、黒人となずなを見守っていた。

「まったく、人騒がせなカラスだ!」

 ろいろは悪態をつきながらも尻尾を大きく振っている。

 ろいろは素直じゃないな、と笑みを浮かべながら絃は黒人となずなを見守る。

「本当に良かった」

 周りには幸せと穏やかに満ちた風が吹き荒れている。一時はどうなることかと思ったけど、二人が幸せそうで心から安堵した。

 でも、その風を遮るように不穏な風がやってきた。

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