第17話

「やめろ!黒人っ!」

 絃は、影もとい黒人に向かって青い炎を投げ飛ばした。炎は意志を持ったように動き、黒人が持っている錫杖を弾き飛ばした。シャリン、と音を立てて錫杖は地面へと突き刺さる。

 錫杖がなくなったことに気が付いたのか、黒人はゆっくりと体を絃に向けた。

 黒人の顔を見た瞬間、絃はハッと息を呑んだ。

 黒人は赤い眼光を放っていた。これは、化け狸の六科と同じ。黒人は狂暴化をしているせいで、敵も味方も区別ができなくなっている。目の前にいる者を全て敵と見て、攻撃をする野生動物そのものだった。

「黒人!私だよ!なずなだよ!」

 なずなは、黒人に向かって走って行った。いくら恋人同士の二人でも、今の黒人は正気ではない。このままでは、なずなが殺されてしまう。

「危ない!月人、ろいろ、花立を止めろ!」

 絃は、切羽詰まった声を上げる。

「了解!」

 月人とろいろは声を揃えて、なずなの後を追いかけていく。

 絃は、手の平から複数の青い炎を作り出す。炎はひとりでに浮かび上がり、黒人に向かって飛んでいく。なずなと黒人との距離が数メートルに差し掛かった状況で、黒人はなずなを認識したのか、顔をなずなの方へ向けていた。

 なずなを敵とみたのか、錫杖を高く掲げる。振り下ろされる直前に青い炎が入り込み、錫杖を弾いて黒人の周りを取り囲んだ。

 その間に月人とろいろが、なずなに追いついた。月人はなずなが逃げないように後ろから羽交い絞めにして、ろいろはなずなの着物の裾を口に加えている。。

「花立さん、離れてください!」

「小娘!離れるぞ!」

「なんで!黒人がそこにいるのに!やだ!」

 ジタバタと暴れているなずなを月人とろいろは強引に連れ戻してくれた。

「絃、戻りました」

「ありがとう」

 絃は、月人に礼を言いながら懐から白い札を取り出した。札に手を当てると、行書体で文字が書かれていく。

「ねぇ、何をするの……?黒人に、変なことはしないよね?」

 なずなは、異様な雰囲気を感じ取ったのか困惑した表情で問いかける。

 絃は、視線を黒人に定めたまま「黒人の動きを封じさせてもらう」と淡々と答えた。

 札を黒人に向かって投げ飛ばすと、札は真っ直ぐと黒人へ飛んでいく。取り囲んでいる青い炎の一端に触れた瞬間に札は燃え尽きていく。青い炎は札の力を取り込んだように高く燃え上がって、黒人の体を包んだ。

「黒人!」

 なずなは涙を流しながら叫んだ。

「黒人に何をしたの!」

 なずなは鬼の形相で絃を睨みつけている。

「言ったはずだ。動きを封じさせてもらうと。これは、簡単な結界術だ。今の黒人がおかしいのは、お前が一番わかっているだろう。黒人がこれ以上誰かを傷つける前に、動きを封じたまでのこと」

 黒人に目を向けたまま淡々となずなに告げる。

「だけど……」

 なずなは、納得がいかないというように唇を噛んでいる。

 まるでなずなの気持ちに応えるように、天高くまでに燃え上がっていた炎の威力がだんだんと弱くなっていた。

「絃、まずいです。結界術が破られそうです!」

 月人が言うように黒人を取り囲んでいた結界は、今にも崩壊しかけている。本来、結界は容易く破られるようなものじゃない。

「狂暴化の力は、そこまでに達しているというのか」と、呟く。

 正直、結界を破られそうになるとは思っていなくて、心の中で焦りが広がっていく。その焦りが、どうやって対処をしたらいいのか、迷わせていく。

「どうする、絃?あのカラスは、封印か?それとも退治か?」

 ろいろが呟いた瞬間に、青い炎に亀裂が入りパリンと硝子が割れたような音が山の中に響いた。

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