第11話

 なずなと共に生きたい。

 桜のように美しく笑うなずなを見ていたい。

 もし恵まれるのなら、なずなとの子が欲しい。

 たとえ、皺だらけの老婆となったとしても、ずっとそばにいたい。

 その命が消えゆく最期の時を迎えるその時まで。

 ふと、思う時がある。

 なずながいなくなった世界で生きていけるのだろうかと。なずなに恋をしたことを後悔したことは一度もない。けれどもし、それすらも後悔をしてしまうのだろうか。それならいっそ、なずなを妖にしてしまえばいい、だなんて恐ろしいことを考えてしまう。それほどまでに、なずなに心を奪われてしまったのだろう。

「どうしたものか」

 少しだけため息をつく。今は、現世にいる。木の上に腰を掛けて、夜空を見上げる。今宵は満月。月が眩しいほどに美しく輝いている。

 なずなもこの満月を見ているだろうか、と思いながらひそかに持ち出した酒をちびちびと飲む。

 ザッ、ザッと誰かが歩いている音が聞こえてきて、酒を飲む手が止まる。音を立てないように体を固めて、目だけで木の下を見る。そこには、金色の髪に眼鏡をかけた男が歩いていた。

 夜に山へ来た命知らずの登山客だろうかと思った。そうだとしても、恰好があまりにも身軽すぎている。身軽と言うより、ビシッとした恰好で動かしにくそうだ。あの服装をなずなが、すーつと言っていたのを思い出した。

 怪しさがあるけれども、特に干渉する必要はない。もし、山に悪戯しようものなら、その時は少し脅かしてやろう。そう考えて、目だけで男を追うと、どういうわけか黒人がいる木の下で立ち止まった。

 男は、ゆっくりと顔を見上げた。その時丁度目が合ってしまった。男の目は、月の光に当てられて金色の目がキラキラと美しく光っていた。

「やぁ、こんばんは。鴉天狗さん」

 黒人が見えているのか、挨拶をしてきた。どうやらその男は、見える側の人間のようだ。見える人間は少なからずいる。珍しいことはない。けれど、その男から異様な雰囲気を感じて、目を離せなかった。

「お前、我が見えるのか?」と問う。

 男は、口角を上げて笑った。

「あぁ、見えるよ。見える人間と会うのは、初めてかい?」

「いいや、数年ぶりに見たぐらいだ」

「へぇ、そうか」

 男は、妖との会話に慣れているようだった。普通の人間なら、恐怖に慄いてまともに会話すらできず逃げるのが大半だ。それがどういうわけか、この男には全くない。むしろ、この状況を楽しんでいるようにも見えた。

「なぁ、君は何に悩んでいるんだい?良かったら、聞かせておくれよ」

 男は突然、聞いてきた。なぜ、そんなことを聞く必要があるのか疑問に思いながら、ボロが出ないようにきつく言い返す。

「悩みだと、そんなものは僕にはない」

「へぇ、本当に?」

 だが、男は笑みを浮かべるだけだった。美しく光る金色の目が心の中を見透かしているように感じて、思わずぞっとした。

「君が悩んでいるのは、例えば。家族関係?それとも、友人関係?それとも、恋愛?」

 一瞬だけ、ぎくっと肩が震えた。なぜ知っているんだと心の中で呟く。

「あぁ、やっぱりそうか。僕の見立ては間違いなかったようだ」

 男は楽しそうに笑みを浮かべた。

「お相手は、人の子かな」

 男は考えるようなそぶりをしながら、的中させた。その口ぶりが、黒人の全てを知っているような感じだった。

「なぜ、わかる」

 心の中で呟いたつもりが、言葉に出ていた。男は、ニッと笑みを浮かべる。

「それは、僕が占い師だからだよ。あぁ、ここに来たのは、ほんの偶然だよ」

 男は楽しいのか、声が少しずつ上ずっていく。

「さぁ、君の悩みを教えて」

「俺の悩みは……」

 初対面の見える人の子に、気が付けば心の内を打ち明けていた。

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