第10話
黒人との待ち合わせ場所に着くと、すでに黒人が立っていた。
「黒人」
声を掛けると、黒人はゆっくりと振り返った。
「なずな。来たんだね」
口元に笑みを浮かべる黒人から危うさを感じて、少し目を反らしたくなる。
「今日は、どんな話をしようか?」
黒人が隣にやってきた瞬間、突然妖が現れた。
「鞍馬山の鴉天狗だ!」
黒人に向かって殴りかかろうとした瞬間、黒人は黒い翼を大きく広げて、無数の羽根を妖に向けて飛ばした。
「痛って!」
羽根が妖の体に所々突き刺さって苦悶の表情を浮かべている。黒人は妖に向かって飛んでいくと、左手で妖の心臓より下部分の所を抉り取った。
想定外の黒人の行動に、唖然として声が出なかった。
抉られた妖は地面へと倒れ、傷口から溢れ出る血が真っ赤な海になった。その海の中に黒人が立っていた。地面に倒れた妖を見下ろしている目が酷く冷たかった。
「大丈夫?なずな」
けれど、なずなに向ける目は優しくて温かみを感じた。
黒人が妖と戦うところを見るのは、これで五回目。三回目あたりから黒人の様子がおかしいと感じるようになった。もしかしたらそこで黒人に何かあったのかもしれない。
そう思いついたのはいいけれど、どうやって黒人に詮索をしようか、と考えるけど一筋縄ではいかない事しかわからない。そもそも、人にできる事には限りがあるし、気づかれないように詮索できるほどの頭脳はない。こういう推理系は、見るのは好きだけど、実際にするのは苦手だった。それでも、何かできることがあるかもしれないと、必死に頭を動かした。
「なずなや」
不意に祖母に話かけられて、今いるのは祖母の家の居間であることを思い出した。あのまま悶々と考えながら、鞍馬山から祖母の家に帰っていたらしい。
「あ、何?おばあちゃん」
「ご飯ができたよ。持って行ってくれるかい?」
「わかった」
キッチンの台に置いてある食器を持って、居間のテーブルに並べていく。今日の夕飯のおかずは唐揚げみたいだ。
「やった、私おばあちゃんの唐揚げ好き」
「そうかい。なら、ゆっくり食べるんだよ」
「うん」
全部並べ終えたなずなは、両手を合わせて「いただきます」と箸を持って唐揚げを掴んだ。唐揚げを口に入れると、まだアツアツで口の中が火傷しそうだったけれど、口いっぱいに広がる肉汁と鶏肉が食欲を掻き立てた。沢山あった唐揚げは気が付くと、全部なくなってしまっていた。
「ふぅ~、美味しかった!」
満腹でぽっこり膨らむお腹を手で摩る。
「よかったねぇ、なずな。はい、お茶だよ」
テーブルの上に湯呑を置いてくれた。
「ありがとう」と、湯呑を持つと、じんわりと温かい。
ふーっと息を吹きかけて、ゆっくりお茶を流し込む。お茶は、なずなが好きな緑茶だった。緑茶を飲むと、体も心もじんわりと温かくなって、ほっと息を吐けた。すると、祖母が隣に腰を掛けた。
「何をそんなに悩んでいるんだい?どれ、私に話してごらんよ」
祖母の言葉にびっくりして、思わず目が丸くなった。
「べ、別に何も悩んでないよ!」
祖母は、たまに恐ろしいくらい心の中の考えを言い当てる時がある。動揺が隠せなくて、とっさに声を上げながら嘘をついてしまった。
「そんなことは、自分が一番わかっていることだろう?」
皺だらけの手でなずなの手を優しく包み込む。
「話してごらん。お父さんには言わないから」
優しい眼差しに絆されるように、気が付けば黒人の事を話していた。
「おばあちゃん。私ね、妖の男の子を好きになってしまったの。その子はね、クールなんだけどすごく優しいの。私が妖に襲われそうになった時に助けてくれたの。すごく優しいのに。ここ最近、変なの。なんて言ったらいいんだろう。血を浴びるようになって、妖を殺しているみたいなの。どうして、そんな風になってしまったのかもわからない。でも、黒人が、その子が助けを求めているようにも感じるし、どこかに消えてしまいそうな気がしてならないの。でも、私は人だから。妖のことはわからなくて、どうしたらいいんだろう」
話せば話すほど、心の中でせき止めていた涙が溢れでてくる。頭の中で浮かぶ言葉は、ちゃんとした文章にもならない。聞き手には、聞き苦しいはずの言葉を、祖母は黙って聞いてくれた。
「そうか」
祖母は、ぽつりと呟いた。
「なずな、良くお聞き」と、耳元で小さく囁いた。
「妖のことは、
「かん、ぬきさま?」
「そうさ。閂様は妖たちが住む幽世にいらっしゃる。幽世に行って閂様に会って聞いてみるといい」
聞いたことがない言葉ばかりで、頭の中が混乱する。祖母のいう言葉はまるで小説に出てくるような言葉ばかり。けれど、真剣な表情をしているから、本当の事なのかもしれない。
「逢魔が時に辻か裏路地を通ると、運が良ければ幽世へ繋がる時がある。私たちがいるのは現世と呼ばれているんだ。現世から幽世に行く時に真っ暗な闇が待っている。その闇の中をただひたすらに真っ直ぐ歩く。すると、扉が見えてくる。その扉を開けた先に、幽世がある」
祖母はその幽世に行ったことがあるような口ぶりだった。
「なずなや。その妖を助けたいなら、幽世にお行き。その覚悟があるのなら」
優しい祖母の目を真っ直ぐと見つめながら、なずなは、深く縦に頷く。
「そう。なら、早くお行き。もう直に夜になってしまうよ」
外を見ると、今まさに逢魔が時を迎えていた。
「わかった!行ってきます!」
なずなは、祖母の家から飛び出し、知っている裏路地へと急いだ。
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