第12話
あれから、三日が経つ。まだ黒人の姿はない。早く何かの手がかりを掴めることを願いながら、絃は、妖たちの相談事にいつも以上に時間を割いていた。その相談事が、黒人に関係していることかもしれないと思ったから。
絃は居間で、妖たちの相談事を書き留めた本をめくりながら、黒人に繋がりそうなものを探していた。
「絃。何かいい情報はありましたか?」
「いいや、特に何もない。幽世にも大きな異変はないみたい」
そこへ月人がお茶とお菓子を差し入れてくれた。今日のお菓子は、星型の砂糖菓子の金平糖だ。
「こんぺいとうだ!」
絃の肩に乗っていたろいろは、金平糖を見てキラキラと目を輝かせて、尻尾を犬のようにブンブンと振っている。ろいろは、金平糖が大好物で出る度に飛び跳ねている。その様子が可愛くて、つい笑みが零れてしまう。
金平糖を一粒ずつ口の中に入れると、砂糖の甘い味が口の中いっぱいに広がる。口の中で転がすか、かみ砕くかに分かれる。絃は、かみ砕く方が好きでぼりぼりと金平糖をかみ砕く。すると、さっきよりも甘い味が口の中全体に広がって、喉を通る。甘すぎる口の中にお茶を流し込むと、お茶の苦さが甘さを消していい具合になる。
ちらっと、隣にいるろいろを見ると、口の中で金平糖を転がしているのか、幸せそうにほっぺたが膨らんでいた。
前に座る月人を見ると、片手で金平糖を数個取っては口の中に放り入れて、ボリボリと音立てながら食べながら、少しだけ眉間に皺が寄っている。月人は甘いものが苦手だけど、こうして一緒に食べてくれるのが月人のいいところだ。
「私も調べてみましたが、幽世に異変はないようですね」
お茶を飲み終わった月人が呟いた。
「そうみたいだね。となると、あとは現世の状況だね」
「そうなりますね」
幽世や現世のことは、八尋の情報から入手していることが多い。けど、守護獣であるろいろは、幽世と現世の異変を感知することができるから、異変があればろいろが教えてくれる。けど、今の所異変は起きてはいなさそう。後は運任せではあるけれど、幽世に迷い込んできた人から聞くこと。余程の運がついていれば使える手段だけど、そもそも幽世に迷い込む人、事態が珍しいからあまり使えない。幽世への迷い人が増えている今なら、多少は期待できるかもしれない。最終手段となると、現世に行って直接調査するしかない。
そう考えていた時、誰かが境界内へ入ってきた気配を察知した。ろいろも気が付いたようで、耳が立っている。
「誰かが境界にやってきたみたいだ」
「どうされます?」
「様子を見に行こう。その誰かはどうやら、迷いこんだわけではなさそうだよ」
「目的を持ってやってきた、ということですか」
「その通り」
本来、人が幽世に迷い込んだら、その場にとどまることが多い。幽世の接点になる場所や時間に偶然入り込んでしまったとしても、すぐに幽世へ来られない。待っているのは真っ暗な闇で、境界だ。境界を通り過ぎた先に幽世へ繋がる扉がある。そこを開ければ幽世に入れる。今回迷い込んできた者は、境界を迷いなく歩いているようで、扉に差し迫っている。
絃は、ゆっくり立ち上がると、妖力を解放して妖の姿へと変化した。
「さぁ、行くぞ」
「はい」
「わかった!」
月人とろいろは声を揃えて返事をした。
絃は、地下へと続く廊下へと小走り気味に向かう。境界にいる人物よりも早く扉にたどり着かないといけないから。その人物が恐ろしい企みを持っていないことを願って。
地下と扉に着くと、同時にろいろが鳴き声を上げる。怪しく光り出す扉に絃は、閂に向かって手を向けると、大きな音を立てて閂が外れた。完全に扉が開くよりも早く絃は体を扉の奥へとねじ込んだ。
「絃、待ってください!」
切羽詰まったように叫ぶ月人に、「そこで待っていろ!」とだけ声を掛けた。
あとで月人に叱られるなと思いながらも、迷い込んだ人物を把握することが重要だった。
走りながら、手の平から青い炎を作り出すと、どこからか、ぶら提灯がやってくる。ふよふよと浮かぶ青い炎をぶら提灯はパクっと飲み込んだ。すると、提灯から青白い光が放たれ、暗闇を照らし出す。
「待ってください!絃!」
後ろから月人の声が聞こえたと思ったら、凄い力で肩を捕まれた。。後ろを振り返ると、青白い光に照らされた月人の顔に汗が滲んでいた。荒れる息を整えながら、頬に伝う汗を手の甲で拭っている。
「先走りすぎです、絃。迷い込んできたのが、悪党だったらどうするんですか。私はあなたの式神ですよ?私に与えられた役目すら、果たさせてくれないなんて。酷いです、絃」
月人はムッと眉間に皺を寄せながら、どこか悲しそうな目をしていた。
「そうだぞ、絃。少しは肩の力を抜け」
ぴょんと、ろいろが肩に乗ってきた。ろいろも、ここまで走ってきたのか、ぜえぜえと息をしている。
役目を果たすことに集中しすぎていて、月人とろいろの気持ちを考えていなかった。
「悪い……」
呟くように謝ると、ベシっと月人に両頬を叩かれた。
「分かってもらえれば、それでいいです。次からは、私たちを置いて行かないでくださいね」
月人は、ニヤッと笑っていた。
「さぁ、行きましょう。絃」
月人は、手を差し出している。
「うん、行こう。月人」
絃がその手を握ると、月人が一気に駆け出した。月人の手から伝わる温かさ、ろいろの体温から伝わる温かさに、自分の不甲斐なさを感じた。それと同時に、二人に支えてもらっていることを自覚し直した。
「絃、迷い主の気配は分かります?」
「ああ、もうすぐでたどり着く」
そう言い終わると同時に、青白い光がちらっと人影を照らした。月人もそれに気が付いたのか、ゆっくりと足が遅くなって立ち止まる。
「向こうも走っているみたいですね」
「ああ」
月人が言うように、境界内にトットッと走る音が響き渡っている。そして、ゆっくりと人影が大きくなってきた。
絃は、すぐに攻撃が出来るように手の平から青い炎を出した。その時、提灯の青白い光が人の姿を照らした。
緑色の髪の毛をした桜の柄が入った着物に身を包んだ少女が立っていた。少女と目が合うと、目を見開いてこちらを見ていた。
絃は、少女と目を合わせるように少女を見つめる。少女の髪の毛が乱れていて前髪が額に浮かんだ汗に張り付いてしまっている。着ている着物は、おはしょりが崩れて全部がぐちゃぐちゃに乱れてしまっている。少女は、荒れる息を落ち着けるように肩を上下に動かしていた。
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