第5話

 絃は、月人とろいろと共に、薄暗い裏路地の奥へと歩いていく。裏路地にも妖が生活していて、いるのは主に悪だくみをする妖が多い。裏路地をひと歩きすると、一人か二人の妖が道の端っこに鋭い目つきでこちらを見ながらたむろってる。

 裏路地の奥へと進め進むほど、たむろっている人数も一人、二人、三人、四人とどんどん増えていく。

 ある一軒家に辿り着くと、妖の姿は全く見えなくなった。絃は家の扉を三回叩くと、数分おきに扉が開いた。

「どちら様……。おや、絃様ではありませんか。お久しぶりですね」

 出迎えたのは、黒髪で触覚が鎖骨付近まで伸び、黄色い目でキュッとしたつり目。白い和服の上に水色羽織を羽織り白いフードをかぶった、額に短い鬼の角が生えた青年だった。

「そうだね。元気だった?海里かいり

「はい、元気でしたよ」

 その青年の名は、海里という鬼だ。海里は、小さく口元を緩めて笑うと、視線が横にずれた。

「月人も久しぶりだね」

 海里の視線を辿ると、隣に立っている月人に向けられていた。

「久しぶり」

 海里は、顔に会えて嬉しいと書かれていて頬を緩んでいる。

 けれど、月人は会いたくなかったと言わんばかりに、ムスッとしていてご機嫌斜めの様子だ。あまり長居をすると、月人の我慢も限界を迎えてしまいそうだから、早く終わらせよう。

「海里、彼はいるかい?」

「ええ、いますよ。どうぞ、入ってください」

「お邪魔します」

 家の中に入って、玄関で履いていた雪駄を脱いで揃える。

 月人の肩に乗っていたろいろが、ぴょんと絃の肩に乗り移った。

「絃様、こちらです」

 前を歩く海里の後ろを歩いていく。家の中は、閑散としていてあまり生活感を感じない。薄暗い家の中を無数の鬼火たちが怪しく照らしている。玄関を通り過ぎて廊下を歩くと、一つの襖が鎮座していた。

「入りますよ」

 海里は襖腰に声を掛けながら、襖を開けた。

 部屋の奥には、一人の青年が座っていた。青年は書物を読み込んでいるのが、部屋に入って数分後に絃に気が付いて書物から顔を上げた。

「よう、久しぶりだな。閂様に、月。それと子狐ちゃん」

 白い歯を見せながら薄く笑っている。

「久しぶりだね、八尋やひろ

 青年の名は八尋。赤髪に赤い目をして、右目が前髪で隠れている。額に長めの鬼の角を生やしている。黒い和服に身を包み赤い羽織を羽織っている。八尋は、海里と同じく鬼の妖だ。

「おい、子狐とはなんだ!この鬼め!」

 八尋からの呼び名が気に食わなかったのか、ろいろは絃の肩から飛び降りてぷくっと頬を膨らませながらぴょんぴょんと跳ねている。

「おーおー、相変わらず元気なこった」

 八尋はろいろを軽くあしらうと、椅子から立ち上がって歩き出した。

 月人の前で立ち止まると、月人の青い髪の毛を掬い上げる。

「元気そうだな、つき

「まあな」

 月人は怪訝そうな顔をしながら、八尋の手を振り払った。

 八尋は振り払われた手を見つめて、小さく笑みを浮かべた。

「つれないなぁ。俺とお前の仲なんだけどなぁ……。まぁ、今のお前には立派な主がいるから仕方ないか」

 八尋は袂から扇子を取り出して、絃に向けた。

「それで、閂様。俺に何の用だ?」

「おい八尋!無礼にも程があるぞ」

 月人は、絃に扇子を向けた八尋に怒ったのか声を荒げ、八尋に詰め寄る。

「いいよ、月人。僕は気にしていないよ」

 月人を落ち着かせるように穏やかに言う。でも、月人は納得いかないというように眉間に皺を寄せながら、しぶしぶ身を引いた。

「八尋、僕たちがここに来たのは、幽世での異変について聞きに来たんだよ」

 八尋は、スッと目を細めた。

「ここ最近、幽世で妖が狂暴化するケースが増えているのは知ってる?」

「ああ、知ってる。この間も一人、狂暴化してお前が対処したんだろ?」

「そうだよ。ついさっきも、化け狸の六科むじなが狂暴化して封印をしたところなんだ。妖の狂暴化と比例するように幽世に迷い込む人数も多くなっているんだ。何か知っていることがあれば教えて欲しい」

 八尋は、クスっと笑みを浮かべて閉じていた扇子をパッと広げて、口元を覆った。

 八尋は何かを知っていると、絃は確信した。

 ちらりと、横を見ると八尋の傍に立つ海里も静かに目を閉じていた。二人が何かを掴んでいるときは、決まってその行動をとることを知っていた。

「知っているぜ。ただな、タダじゃぁ教えられないぜ?閂様」

 八尋は、赤い目を怪しく細めた。

「わかった。あとで、酒を持ってこさせよう」

 八尋は、酒が大好物であるから、大抵は酒で解決できる。

「ふっ、取引成立だな」

 八尋は、パタンと扇子を閉じた。

「閂様も感じている通り、ここ最近の幽世と現世はおかしい。でもその異変を俺も海里も全部は把握できてないんだ」

「珍しいね、八尋と海里が全貌を把握できていないだなんて」

 八尋と海里は、幽世と現世のすべてを知っていると言ってもいいくらいの情報通。幽世も現世の状況をいち早く掴んでいる二人が、把握できていないのはかなり珍しい。

「閂様がいずれ来ると思って仲間に調べるように走らせたが、全員戻ってこなかった。調べる前に消されたんだと思ってる」

「消される?誰にだい?」

「それは俺たちもわからねぇ。現世にいる俺たちの仲間もみんな、消されちまった。いいや、違うな。みんな、狂暴化しちまうんだ。それは、絃。お前もわかっているだろ?」

 八尋の言葉で、絃は今まで起きた三つの狂暴化した妖たちを思い出した。妖たちの異様さに絃は、退治できずに封印をしていた。それは、どれも見たことがある妖たちだったが、それが八尋の仲間だとは初めて知った。

「彼らは、やはり八尋の仲間だったんだね。彼らには悪いことをした……」

「いや、それがお前の役目なんだから仕方ねぇさ。ただ、この幽世の異変は、現世にも通じているのは確かだ。お前の言う通り幽世への迷い人が増えたのも、妖たちの狂暴化した時期と近いんだ」

 妖の狂暴化。

 幽世への迷い人の増加。

 この二つには、なんらかの関連があるに違いないだろう。

「より深く調べてみる価値はあるね」

「ああ、そうだな。俺らも、調べられるところは調べるつもりだが、幽世のことはお前に任せる。頼んだぞ、絃」

 八尋の真剣な表情に絃は、答えるように首を縦に振った。

 八尋と海里に見送られながら、家を後にした。


「これから、どうするのです?」

 屋敷までの帰り道に、唐突に月人が問いかけてきた。

「とりあえず、今まで通りに生活をしながら、情報を集めよう」

「そうですね」

 隣で並んで歩いていた不意に月人が足を止めた。

「どうしたの?月人」

「いえ、なんでもありません。……ただ、少しだけ嫌な予感がする。それが気になっているだけです」

 月人は不安そうな表情をして小さく呟いた。そんな表情の月人を、はじめて見た。

「月人?」

 声を掛けるよりも前に、月人は歩き出していた。

「絃気にしないでください。きっと、私の杞憂でしょうから。それよりも、早く屋敷へ帰りましょう。まだ、朝飯を食べていないでしょう」

「お腹が空いたんたぞ!」

 ろいろは、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 月人の言葉が、妙に心に刺さって、ぼーっとしていると。

「絃、行きますよ」

「あ、うん」

 月人に呼びかけられて、絃は月人の隣まで走って行く。

 その時、不穏な風が頬を掠ったように感じた。

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