第2話
部屋の襖を開けて、廊下を歩く。歩く度にギシギシと音が鳴っている。廊下歩き続けていると、視界の端に庭にある小さな池が写った。
池の周りに生えている雑草や沢山の紫陽花、彼岸花が風に揺れている。池の水面に浮かぶ蓮の花が風に乗って水面を泳いでいる。その景色が幻想的に感じて、魅入られたように池の手前まで歩く。
池の前に近づくと、池の底までくっきりと見えるほどに透き通った水面が、月光を浴びつつ、風に吹かれてキラキラと反射をしている。それは、まるで鏡のように美しい。風が静まると、水面には空高く昇っている月が浮かんでいた。
絃は水面を覗き込むと、黒いクレヨンで塗りつぶしたように真っ黒な髪の毛、襟足が首元にかかるくらいの短髪。闇夜に浮かぶ蝋燭の火のように真っ赤な目。黒の和服に白い羽織を着ている自分の顔がぼうっと映り込んでいた。
自分の顔を見つめてから、ゆっくり息を吸って吐いて目を閉じる。
足元から青い炎が湧き上がってきたのを感じながら、それを全身で受け入れるように体の力を抜いて、頭の中でイメージをする。
全身に青い炎が包まれていくイメージを今度は、髪の毛の一本一本まで全身に巡らせていく。不思議と全身がぶわぁっと熱くなるのを感じた。けど、熱いとは感じない。むしろ、どこか心地が良い。
ゆっくりと目を開けると、水面に雪のように真っ白な髪、頭に真っ白な狐の耳がぴょこっと動いている。服の後ろから九つの尻尾がゆらゆらと蠢いていた。黒白目になった赤い目が、月光に当てられたのか異様なほどに輝いて見えた。
「やっぱ、絃はその姿じゃないとな」
「ええ、そうですね。そのお姿が一番、お似合いです」
水面にろいろと月人が得意げな表情をしているのが見えた。二人ともお世辞極まりない言葉だけれど、妙に嬉しくて絃は思わず笑ってしまった。
「そんなことはいい、行くぞ。大分時間が大分経つだろう?」
「そうですね、参りましょう」
絃は廊下の奥へと進んでいく。幾つもの襖を開けて歩き続けると、暗闇に同化するぐらいに黒い襖に辿り着いた。
その襖を開けると、部屋の奥には何もない。
けれど、床に下へと通ずる床下扉が顔を出していた。その扉を月人が開けると、階段が姿を現した。
これは地下へ繋がる階段。階段は、暗闇に包まれていて先が全くと言ってもいいほどに見えない。
「光を出しますね」
月人が手の平から青い炎を作り出した。その炎に、そっと息を吹きかけると、ふよふよと炎が浮かびながら、階段の先を照らした。
「ありがとう、月人」
「いいえ、行きましょう」
絃はゆっくりと階段を下ると、ギシギシと音が鳴った。
月人の炎のおかげで足元は照らせるけれど、光が足らない所を見ると、黒い絵の具をベタ塗したように暗い。辺りは静かで、階段の軋む音がやけに大きく聞こえてくる。
すると、下から凍てつく風が全身を通り過ぎていく。凍るくらい寒いけれど、不思議と寒さを感じない。それどころか、心地がいい風だと感じる。風を浴びながら、階段を下り続ける。
「さむい、さむいよぉ……」
地下へ近づいていく度に、子供のすすり泣く声が頭の中に響いてくる。
今助けに向かっているよ、と心の中で呟きながら、長い階段を下る。長い階段が終わると地下へと、辿り着いた。
地下は洞窟の中のように薄暗く、じめじめと湿っている。掘って作ったのか、地下全体は岩が剥き出しになっている。その地下には、大きな鉄扉が聳え立っている。
「だれか、たすけて……、こわいよぉ……」
頭の中で響いていた声が、扉の向こうから聞こえる。
「子供のようですね。声からして女の子でしょうか」
子供の泣く声は、月人の耳にも届いているようだ。
「そうだな」
絃は、ゆっくり息を吸って吐いて心を落ち着かせる。
「行くぞ」
月人とろいろは、首をゆっくり縦に振った。
ろいろに視線を送ると、ろいろは一声鳴き声を上げた。ろいろの鳴き声に呼応するように、扉が怪しく、ぼうっと光り出す。ガタガタと、扉と閂が音を立てて揺れ動いている。今か今かと、開けられるのを待ち望んでいるようだ。
絃は、閂に向かって手を向ける。その次の瞬間に、ガチャンと大きな音を立てて閂が解放された。扉を押さえるものが無くなった事で、扉はバタンと大きな音を立てて開いていく。扉が開いていくにつれて、凍てつく風が全身を包んでいくけれど、寒さは感じない。完全に扉が開かれた先は、先も見えないほどの暗闇が待っていた。月人が作り出した青い炎が扉の先を照らすけれど、全く先が見えない。
「私の炎では難しいようですね」
月人は、少し悔しそうに呟いて、自嘲気味に笑う。
「仕方ない。ここから先は、我の領分だからな」
絃は、手の平から青い炎を作り出す。すると、どこからか、ぶら提灯がすすす、とやってきた。ぶら提灯は青い炎に近づいてパクっと、口を開けて呑み込むと、提灯全体が青白い光を放った。
ぶら提灯はふよふよと浮かびながら、絃の前にやってきた。持ち手部分を絃の手のあたりで掲げる。
「ありがとう」
ぶら提灯に礼を言いながら持ち手を持つと、言葉が通じたのか嬉しそうにゆらゆらと左右へ揺れ動いた。
「行くぞ月人、ろいろ」
「はい」
「わかった」
絃は月人とろいろとともに、ゆっくりと暗闇の中へ進んでいく。暗闇の中で提灯の青白い光だけが輝いて、行く先をぼんやりと照らしてくれる。
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