第13話 世良田二郎三郎、お尋ね者を匿う
織田家が毛利、本願寺と戦闘を続ける中、天正6年(1578年)7月、荒木村重が謀反を起こした。
これにより、中国方面軍の背後が脅かされると危惧した信長は、直ちに荒木村重の討伐を命令した。
のちに有岡城の戦いと呼ばれたこの戦いは、1年に及ぶ攻防の末、信長が勝利を収めた。
しかし、荒木方の重要拠点を落としたのちも、村重をはじめ荒木一族を徹底的に処刑するなど、信長の怒りは相当なものであったという。
信長からの命令書を読み、佐久間信盛が嘆息する。
「荒木村重の一族は草の根を分けても探し出し、必ず息の根を止めること、か……。まったく……人使いが荒いわい。こっちはこっちで本願寺と戦っておるというのに……」
「しょうがないですよ。我らの布陣する大坂は村重の所領の目と鼻の先……やつらが潜伏していてもおかしくないのですから」
佐久間信盛の息子である信栄が苦笑いを浮かべる。
「ともあれ、何もしなくては上様に怒られる、か……信栄、ここは儂が見ておるゆえ、お主は堺の商家たちに触れを出しておけ」
「はっ」
◇
一方、二郎三郎は本願寺が講和を結ぶことを見越し、新たな取引先を開拓しようとしていた。
「殿、やはりここは、北条と関係を持ってはいかがでしょうか。……先の米の件でこちらとは取引がありますし、上方のものが手に入るのなら向こうにしても悪い話ではありますまい」
と永井直勝。
「いえ、ここは旧主である徳川を頼るのがよいかと。……こちらで商いを始めている
と知れば、大殿のことゆえ、いくらか依頼をしてくださるやもしれませぬ」
と伊奈忠次。
「いや、大殿を頼るのは危ないと思うがなぁ……第一、わざわざ殿に名を変えさせているのだから、こちらから連絡をとるのもどうかと思うぞ」
「されど、最も殿を気にかけておられるのは間違いなく大殿ではないか。これくらい、大目に見てくれよう。……して、殿はいかがお考えですかな?」
二郎三郎に話が振られると、二人の視線が二郎三郎に集まった。
「全部」
二郎三郎の簡潔な答えに、どういうことかと二人が顔を見合わせる。
「全部……ということは、徳川と北条の両方と商いをするということにございますか?」
「いや、全部」
「……で、では、武田や毛利、上杉とも商いをされるということですか!?」
「そうなるな」
「なんと……」
予想を上回る規模の話に、二人が絶句する。
本願寺との闇営業によりある程度資金は確保できたとはいえ、ただでさえ人手不足、人材不足なのだ。
日本全国に商いの手を伸ばす余裕など、到底ない。
「日ノ本全土の大名と商いをするとは……せめて、北条からであれば、あるいは……」
「いや、こちらは日ノ本の半分を支配する織田と取引ができぬのだ。……大商人になろうと思うなら、織田を除くすべての大名と関係を持つくらいでなければ……」
「いや、全部だ」
二郎三郎の言葉に、再び二人が絶句する。
「……………………まさか、殿のおっしゃる全部の中には織田も含まれているのですか!?」
「当たり前だろ。……京や堺を押さえている織田と取引しない理由がどこにある」
ここに
永井直勝と伊奈忠次が心の中でツッコミを入れた。
「あの、殿! まさかとは思いますが、わかっておりますよね、ご自身の立場!」
「わかってるよ。信長に俺の正体が知れたらまずいんだろ?」
「信長だけでなく、織田家全員にです! ただでさえ堺に居ては殿の正体がバレるやもしれないというのに、その上織田と商いがしたいなどと……」
その時だった。
店の戸を叩く音がすると、誰かの声が聞こえてきた。
「それがし、織田家宿老、佐久間信盛が嫡男の佐久間信栄と申す。ここの店主はおられるかな?」
「「……っ!」」
突如として湧いた織田家の家臣の来訪に、永井直勝と伊奈忠次が固まった。
なぜここに織田の者が。二郎三郎の正体が知れたのか。
悪い想像が瞬時に脳内を駆け巡る。
戦うべきか。逃げるべきか。
ともあれ、誰も出ないというのはさすがに不味い。
(ここは居留守を使い、殿がいないことにしましょう)
(うむ。では、それがしが応対に……)
二人が目で会話していると、
「いるぞ」
二郎三郎が席を立ち佐久間信栄の元に向かう。
「ちょっ……」
「殿ぉ!!!」
二人の制止も空しく、二郎三郎が佐久間信栄の前に現れる。
「俺が瀬名屋の主、世良田二郎三郎だ。何か欲しいもんでもあるのかい?」
「欲しいもの、か」
佐久間信栄が小さく呟く。
「……お主、荒木村重が謀反を起こしたことは知っておるな?」
「ああ。ここらじゃ有名な話だな」
「その荒木の一族を探しておる。見つけ次第、処刑せよ、とのことじゃ。……お主、何ぞ怪しい奴でも見かけなかったか?」
二郎三郎が肩をすくめて見せると、佐久間信栄が頷いた。
「あいわかった。……邪魔をしたな」
そう言って佐久間信栄が去ろうとすると、二郎三郎が呼び止めた。
「待てよ」
「? なんじゃ、何か思い出したのか?」
「あんた、商家に来たってのに、何も買わないで出て行くのか?」
「お、おお……そうであったな」
そうして佐久間信栄が棚に並べられていた品を手に取ると、買い物を済ませていくのだった。
佐久間信栄の背中を見送り、二郎三郎が奥に戻ると、そこには郡宗保とその娘、華が永井直勝と伊奈忠次により拘束されていた。
「殿、こやつら、殿が話しておるうちに裏口から逃げ出そうとしておりました」
「幸い、殿の制止で動きが止まりましたゆえ、難なく捕まえることができましたが……」
「くっ……」
郡宗保と華がその場に俯く。
「あんたら、荒木の手のもんだろ」
「なっ、なぜそれを……」
「織田の家臣がやってきて逃げるなんて、普通に考えりゃ織田に追われているやつ以外にありえねぇ」
「「…………」」
図星をつかれたのか、二人が押し黙る。
(普通は追われていれば逃げるんですがね……)
(殿は普通ではないからなぁ……)
何か言いたげな永井直勝と伊奈忠次をよそに、二郎三郎が続ける。
「安心しな。信長に突き出すつもりはねぇよ」
「……! まことにございますか!」
「ああ」
二郎三郎が合図をすると、永井直勝と伊奈忠次が渋々といった様子で拘束を解いた。
二人が深々とその場に頭を下げる。
「世良田様のご温情、かたじけなく思います。荒木華、この御恩、末代まで忘れませぬ」
「ん? 荒木……?」
「申し遅れました、わたくし、荒木村重が娘、華と申します」
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あとがき
二郎三郎が佐久間信栄の前に現れたのは、それなりに勝算があってのことです。
佐久間信盛であれば信康と徳姫の婚儀であったり長篠の戦いで顔を合わせることがありましたが、信栄とは面識がなかったこと。
責任者の名前が佐久間信栄だったので、信盛クラスの重臣がいないと判断したこと。
以上により、二郎三郎は佐久間信栄の前に顔を出せたわけです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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