第12話 世良田二郎三郎、客に会う
いつも通り本願寺に米や炭を届けると、荷を受け取った本多正信が用意していた銭を差し出した。
「いつもすまぬな。……代金はここに置いておこう」
「ひい、ふう、みい……たしかに」
銭を数え、二郎三郎が頷く。
銭を船に積むよう指示すると、その様子を見ていた本多正信が二郎三郎に耳打ちした。
「……時に二郎三郎殿、お主には話しておくべきじゃと思うてな」
「なんだ、そんなに改まって……」
「実は……法主様は織田との和睦を考えておられてな……。今、詳しい和睦の条件を調整しておるのじゃ」
「へぇ、そいつは良かった」
二郎三郎の予想外の反応に、本多正信が首を傾げた。
「なんじゃ、和睦を結べば、お主に米を頼むこともなくなるのじゃぞ? それでも良いと申すのか?」
「別に構わねぇさ。……大きな声じゃ言えねぇが、この戦、万に一つも本願寺に勝ち目がねぇからな。……有利な条件で講和を結べりゃ、それが一番いい」
現在、瀬名屋は本願寺に密輸をすることで銭を稼ぎ、堺で最も勢いのある商家にまでのし上がっていた。
稼いだ金は船や実働部隊の伊賀衆に投資し、そこからさらに利益を生み出すことで営業利益を飛躍的に伸ばしていた。
しかし、本願寺が織田と講和を結んでしまえば、状況が一変する。
織田と講和を結べば、本願寺は高い金を払って瀬名屋から物資を購入する必要がなくなり、闇営業一本で稼いできた瀬名屋は窮地に陥ってしまう。
にもかかわらず、二郎三郎は戦が終わることを望んでいたのだった。
「フフフ、相変わらず、気持ちのよい男よ……」
ここに至るまで、本多正信は取引を通じて幾度となく二郎三郎と接してきた。
本願寺との取引が終わるかもしれないというのに、最後まで本願寺に寄り添った二郎三郎の男ぶりが、本多正信にはたまらなく心地よかった。
「それに、ここを明け渡すことになりゃ、蔵に蓄えた銭も織田に接収されちまうかもしれねぇからな。……そうなる前に、ここの銭を他の一向宗の寺に移すってんなら、俺も力になるからな。あんたらには世話になったし、安くしとくぜ」
「まったく、抜け目のない男よ……」
◇
瀬名屋に戻ると、二郎三郎は石山御坊で聞いた話を永井直勝と伊奈忠次に伝えた。
主な取引が本願寺との闇営業である瀬名屋にしてみれば、本願寺が講和を結ぶのは死活問題であった。
「こうなれば、本願寺が講和を結ぶまでに次の商いを考えなければ……」
伊奈忠次が頭をひねっていると、永井直勝が口を開いた。
「そういえば、殿に客人が来ておりますぞ」
「客?」
現状、二郎三郎が松平信康であることを知るのは、永井直勝と伊奈忠次、本多正信に今川氏真しかいない。
となれば、二郎三郎あてに客が来た、ということになるが、二郎三郎を名乗るようになってから会った者といえば、石川五右衛門や百地三太夫といった伊賀者か、本願寺顕如、千利休くらいなものだ。
伊賀者であれば永井直勝が名を出すだろうし、本願寺顕如が来ることはありえない。となれば、消去法で千利休ということになるが、仮にも向こうは豪商。新参者の瀬名屋にやってくることなど、まずありえないだろう。
となれば、いったい誰が来たというのか……
二郎三郎が客間にやってくると、待っていたのは武士らしき男と、年頃の娘だった。どちらも見覚えはない。
二郎三郎の姿を認めると、二人が頭を下げる。
「それがし、郡宗保と申します。……こちらは娘の華にございます」
「……華です」
「俺は世良田二郎三郎。瀬名屋の当主をしているもんだ。……間違ってたら悪いが、俺とあんたらは、はじめまして、ってことでいいんだよな?」
「はっ」
郡宗保が頷く。
「我ら、行くあてもなく千利休様を訪ねましたところ、『瀬名屋の世良田様なら力になってくれる』と仰せつかり、ここまで足を運んだ次第にございます」
「千利休殿か!」
ようやく納得がいった。なぜ面識のない彼らが尋ねたのかと思ったが、千利休の紹介で来ていたのか。
そうとわかれば話は早い。
「で、俺に何の用だい?」
「その……我ら行くあてがありませぬゆえ、しばらくの間ここに置いては頂けませぬでしょうか」
「そんなことならお安い御用さ。……自分んちだと思ってゆっくりするといい」
二郎三郎が滞在の許可を出すと、二人の顔が明るくなった。
「ありがとうございます! この御恩は忘れませぬ!」
そうして、二人に空いてる部屋を用意していると、伊奈忠次が手招きをした。
「殿、ちょっと……」
「なんだよ」
伊那忠次に招かれるまま近づくと、伊那忠次が小声で耳打ちした。
「あの二人、何者なのですか? 殿のご知り合いですか?」
「さあ?」
「さあ、って……」
伊那忠次がガックリと肩を落とす。
「良いのですか、そのような素性の知れない者を招いて……」
「構わねぇさ。悪い奴には見えなかったしな」
あっけらかんと言う二郎三郎に、伊奈忠次は何も言えなくなった。
主である二郎三郎が認めたのならば、これ以上進言したところで無駄だろう。そう諦めるのだった。
__________________________
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございました。
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