近道するぞ

リュウ

第1話 近道するぞ

「遅刻じゃぁ」

 僕は、テレビに表示される時間を見ていた。

 そして、暗い穴に落ちてしまう様なショックを受けていた。

 遅刻、間違いなしだ。


 昨日、ついゲームをやってしまった。

 それは、大人げない行動だった。

 誘惑に負けてしまったのである。

 気づいた時には、もう朝方になっていた。

 ホットミルクとトーストを食べて、ニュースを見ているところまでは覚えている。

 

 確かに、そこまでは、覚えている。


 眠ってしまった。

 目が覚めた時は、もう、始業時間が迫っていた。 

 間に合わない。


 会社前でダッシュして、玉の汗をかいて、ハアハア言って

「すみません。遅刻してしまいましたぁ」

と、会社に入って話題をかえまくれば、バカな上司を煙に巻ける自信がある。

 しかし、それは、遅刻後何分の事。

 今は、そんなギリギリの時間ではない。


 休むか……。


 いや、それはだめだ。

 有給休暇を使い果たしている。

 

 とりあえず、会社に行こう。

 こうなれば、早く行こうが、遅くなろうが、遅刻は遅刻、かわりない。


 今の仕事は、心がワクワクするような仕事では無かった。


 ヤレと言われたことだけやればいい。

 

 そう割り切ってこの会社に入った。

 頑張って、無理をしたって、仕事が増えるだけだ。

 評価なんてされるはずもなく、同期からは、バカなヤツって思われるに違いない。

 辞めてもいいけど。

 それは、今じゃない。

 金を蓄えていなかったからだ。


 結局、僕は出社することにし、家を出だ。


 信号の傍のマンションの塀に寄り掛かった。

 誰か僕を呼ばれた気がしてその方を向いた。

 そこには、小学生が居た。

 僕に手招きしている。

 僕は近づいていった。


「近道しょうぜ」

 僕を見ながら少年は言った。

 腰をかがめながら、手招きして家と家の間に消えていった。

「えっ」僕は呟く。

「なにやってる!早く来いよ」

 少年は僕をせかす。


 仕方なく僕は、少年について行った。

 家と家の隙間を入って行く。

 暗く狭いこの空間を通って行く。

 この感覚……

 覚えている……

 小学校の頃だ。

 

 近道をして、学校へ通った。

 今、考えてみると、近道ではなかった。

 ただ、大人たちに怒られそうな所を通る……

 それが、僕らの近道だった。


 他人の家の庭を通ったり、

 怖そうな犬が居る所を通ったり、

 そんな所を探して、近道に取り入れた行った。

 そのため、時間がかかり、近道なのに遅刻することもあった。

 子どもの頃のの教室には、前後にドアがあった。

 その時は、教室の後ろのドアからそっと侵入し、席に着く。

 先生に気づかれない様にと息を止め、ゆっくりと侵入するのだ。

 ”だるまさんが転んだ”や”タカタカ鬼”とは比べ物にならない。

 だって、先生に怒られるからだ。

 場合によっては、親が呼ばれるかもしれない。

 先生にこっぴどく怒られて、家に帰ってからも怒られるのだ。

 どんな罰が用意されているかわからない。

 それを考えると真剣になる。


「ここ、行くぞ」と、少年が小声で言う。

「うそぉ」と僕は声をあげそうになる。

 町内でも有名な爺さんの家の庭を抜けるというのか……。

「しーっ」少年が振り向いて口に人差し指を当てる。

 少年の後ろから、庭を除く。

 掃除が行き届いている。

 きれいということは、障害物がないという事。

 走りやすいという事。

 それは、見つかりやすい事と同じだ。

 この家は、ちいさな犬を飼っている。

 犬は部屋に居て、窓の周りから外を見ている。

 ちいさい犬は、うるさい。

 少年は、様子を伺う。


「今だ!」少年を庭を横切る。

 僕は、遅れないように力いっぱいダッシュしてたが……。

 犬と目が合ってしまった。

 それからは、ソローモーションの様に時が流れる。

 犬は、僕の姿を確認すると、吠えるために顎を引いて、空気を吸い込む。

 そして、圧縮した空気と共に吠える。

 吠える、吠える、吠える。

 ガラっと窓を開ける音。

 横目で窓を見る。

 爺さんだ。 

「また、お前たちかぁ!ここを通るなぁ!」

 爺さんの叫び声を背中に浴びる。

 止まってはいけない。

 このまま突き抜けろ。


 どのくらい走っただろう。

 僕は、あの少年の背中を追っていた。

 息が切れる。

 苦しい。

 でも、足を止めてはいけない。


 少年が止まっている。

 僕は少年の後ろに着く。

 少年は、キョロキョロと左右を確認する。

「本日の作戦は、成功だ。解散!」と言って大きな道に出て行った。

 僕も、道に出た。


 そこは、会社の前だった。

 時計を見て、僕は驚いた。

 遅刻じゃない。


 嫌な会社だけど、楽しく仕事をしようと思った。

 ワクワクするような事を探そうと思った。


 子どもの頃の、あの近道の様な、楽しい時間を。


 あの少年は、誰だったのだろう……

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近道するぞ リュウ @ryu_labo

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