其の八
マキオのマシンが加速する。
今日のマキオはいつもとは違うとタケオは感じていた。
<いったい今日は何をしようと言うんだ...>
タケオは、先程までのマキオに対する不快感を既に忘れていた。 マキオはいつものように突然訪れて、自分を惑わす様なことをする。いったい自分を何様だと思っているんだ。 タケオの憤慨した気持ちはいつものことだったが、マキオの例の独特の笑顔と、その後の行動はその不快感を忘れてしまう事になってしまう。
今回も、それは同じだった。しかし、違うこともある。
それはマキオが発した意味深長な言葉だった。
「今日、俺に最後まで着いてくる事が出来るか...」
まがりなりにもタケオはバイクには自信を持っていた。
愛車のZ1300をここまで扱うことが出来るヤツは数少ないだろうと言う自負さえも持っていた。 そして、毎回マキオに誘われた「走り」にはそれなりに着いてゆくことも出来たのである。
そんな自分に、そのような事を言うマキオ。
「今日は違うんだよ...」 とは、いったいどういう事なのだ。
タケオは加速するマキオのマシンの後に付きながら考えていた。
そして、マキオの走りが今までとは明らかに違った走りをしていることも感じていた。
マキオのGPZ750ターボは市街地を流れるように加速してゆく。
<あの乗りづらいマシンを良くあれだけ走らせることが出来るな...>
毎回の事ながらタケオは、マキオのライディングに見とれている自分に気が付いた。
<液体が吸い込まれるように流れてゆく走りだ...> タケオの表現は的確だった。
まさにマキオはマシンと一体になり車列の中を泳ぐように走り抜けている。
タケオもZ1300と言う大きくハンディを負ったマシンを駆りながらも、そのマキオを見失わずに着いてゆくのも見事だった。 総重量300Kg近い巨体をタケオは、見事に操っていた。
<マキオ!いつまでも俺をなめてんなよ!>
今回はタケオも本気モードにスイッチを入れていた。
<今日は違うって言う走りが、どんなものか見せてもらおうじゃねぇか!>
しばらくマキオに対して萎えていたタケオの対抗心がムラムラと蘇る。
マキオに出会ってからのタケオの立場は常に下出に出たものだった。
今日こそ、そんなマキオに対して一矢を報いたい。 タケオのオーラーは赤く燃えたぎっていたに違いない。
そんなタケオの反応を察したかのようにマキオの行動に変化が出たのはその時だった。
二人のマシンは夕暮れ時の帰宅ラッシュの真っ最中に在った。
バイパスの二車線は車で数珠繋ぎ状態となっていた。
<これだけ車が詰まっていたらマキオも今までのペースは無理かもな>
そうタケオが考えたとき、おもむろにマキオのマシンはバイパスの車列からマシンを細い路地に向けた。
<いくらなんでもその速度で路地を走り抜けるつもりじゃねえだろうな?>
バイパスの車列は、渋滞していても在る程度は読むことが出来る、しかし入り組んだ路地を走り抜ける事はバイパスの渋滞を走り抜けるよりもリスクは大きい。
特に、この夕刻の時間帯はデンジャラスゾーンだ。
いつどこでアクシデントが待ち受けているか解らない。
それに、マキオ自身が地元ではないこの路地を熟知していないはずだ。
地元と言えば、一番怖い相手がこの通称「ジモピー」ドライバー達だ。 奴らは、地元故に迷路のような路地をアクセルを緩めずに走り抜ける奴らだ。
そんな奴らと遭遇した日にはえらいことになる。
<マキオやばいぜ!> タケオのアクセルを握る手は心なしか緩められている。
しかしマキオは、そんな路地を右へ左へと駆け抜ける。 その思い切りの良さは道を知っているというレベルの物ではなかった。
その走りは、あえて表現するならば「見切っている」という表現が適切だった。 「見切る」という表現は武道などでも使われる言葉だが。 戦う前から既に、その結果、勝敗が解っていると言うときに使われる表現だ。
マキオの走りはまさに、その見切りの走りだった。 路地のカーブを走り抜けるときに、そこには障害物は存在しない。 既にそれが解っているようなアクセルの開け方としか言いようがなかった。
<凄え!> タケオは絶句した。
今までマキオの後を着いて何度か走ったが、こんな走りは初めてだった。
<人車一体>なんて表現をするが本当にマシンと乗り手が一緒になった走りを初めて観た。
全日本選手権とかのレースも何度か見に行っているが、プロのレーシングライダーでもこれほどの走りをするヤツを観たことは無い。 タケオは心底そう感じていた。
<こいつは一体何者なんだ!> 改めてタケオはマキオの存在に驚異を感じていた。 「やばい!マキオを見失っちまうぜ!」
タケオは最初の熱意が急速に冷めてゆくのを感じていた。
そう思って路地の緩いカーブを曲がると、そこにマキオのマシンが路肩に止まっていた。
<お!どうし....た> と思ったときマキオの声が聞こえてきた。
「タケオ、どうしたんだよ!さっきの勢いは。さっきのオマエのエナジーは凄い物があったぜ!」 タケオには返す言葉がなかった。
しかし、改めてマキオに対する闘争心には火がついていたのも事実だった。
「お!またエンジンに火が入ったなタケオ」
マキオがそのタケオの考えを察したかのように答えた。
「タケオ、本当のお楽しみはこれからだ。こんな路地でうろうろしてたんじゃどうしようもないぜ...」
タケオはマキオのその蔑むような言葉に怒りを憶えた。
「タケオ、そのエナジーが必要なんだよ。オマエにも俺にもな」
マキオはそう言ってマシンを発進させた。
タケオは改めて臨戦態勢に入った自分を確認した。
そしてマキオのマシンにピタリと自分のマシンを付けて加速した。
<俺だって何時までもこんな路地でうろうろする気はねえゼ!>
そう感じてマシンのスロットルを絞り上げたタケオだったが、直後にタケオの背中を悪寒が走った。
<マキオの声はどこから聞こえてきたんだ!あいつは俺の前にいて俺の方を振り向いても居なかった!それなのにあいつの声はおれの頭に響くように聞こえてきた!いったいどういうことなんだ!>
タケオがそう感じたときは、すでに遅かったタケオは新たなる走りのモードに突入しようとしていた。
マキオの異次元のモードに。
マキオ伝説 外伝 / 神話 Speed Guru OMEGA @MC-OMEGAPOINT
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