其の七

タケオには過去の忌まわしい記憶が蘇っていた。



「こいつが体験したのと同じ事が自分にもあった」


初めて、マキオにあった頃の事だ。


タケオはマキオと軽い気持ちでツーリングに出かけたのだった。
アキオに紹介されたマキオという男は、不気味な男だった。


たまたま、アキオの事務所に遊びに行ったときに会ったことが最初だった。
その態度は、タケオにとっては慇懃無礼な物に感じた。
尊大な態度が何となく感じられ、タケオは<こいつとは友人になれない>と最初に感じたほどだった。



しかし、そのタケオの反応に対して以外にもマキオという男はタケオの事を気にいったようであった。


それが、どのような根拠にあるのかはタケオには未だに理解できていないのだが、しかしタケオはマキオに受け入れられたのである。
それから、度々タケオはマキオに走りに誘われることが多くなった。


それは、以前からの知り合いであるアキオとの回数よりも格段に多かった。




 しかし、その連絡方法にはタケオは面食らった、とにかく何の前触れもなく突然にその連絡は入ってくるのだ。


あの日もそうだった。

マキオはタケオの勤務先である運送会社に突然現れた。


タケオはその態度に気分を害した。


<会社に来るのは止めてくれ>
と以前からマキオには言っていたからだった。


タケオは普段、通勤に自分の愛車であるZ1300を使用していた。それしか手段が無かったからである。
しかし、会社はタケオのバイク通勤に関しては好意を持っていなかったようだ。


仕事自体が宅配便と言うこともあり安全には万全を尽くしている就業規則があるために、通勤に関してもその規定は厳しく対応されていたからだ。
そこを、無理を言ってタケオは強引にバイク通勤をしていた。


タケオとしても、それなりの気遣いはあったために、会社内でのバイクの取扱には神経を使っていた。
エンジンを始動し暖機するときにもタケオは会社の構内の隅に移動して行うなどの気遣いをしていたほどだからだ。



そこへマキオは何の前触れもなく、あのGPZ750ターボで乗り付ける。


野太いエキゾーストが会社の構内に響き渡り、多くの従業員がその音に反応する。

そして、迷惑そうな視線がタケオに向けられるのだ。


その後の、場面はいつも同じシナリオだった。
間違いなくこの後タケオの上司がタケオの処にやってくる。
タケオは予測してそれを待った。


「タケオ君!また彼が来たじゃないか!いいかげんにしてくれないかな!」


これが、いつものお決まりのセリフだった。


そして、目配せで<さっさと帰れ!>と合図する。


タケオには、これがたまらなくいやだった。
周囲の冷たい視線に追われながら退社の準備をそそくさと切り上げてタケオは事務所を出た。



 そこには、そんなタケオの状態をまったく無視したマキオが居た。



マキオはバイクのシートに腰掛けて、こちらに背を向けている。
そんなマキオの姿にタケオの怒りは頂点に達していた。


<あの野郎~!ふざけた事しやがって!会社には絶対に来るなと、あれだけ言ったのに!>


タケオが、その激昂した感情を口にしようとした瞬間、マキオが振り返った。


その振り返ったマキオの顔は笑顔だった。


「よお!タケオごめんな!」
そうマキオはタケオに言った。

それも満面の笑顔で。
その表情を見たとたん、タケオの心の内から怒りが退いてゆくのをタケオは感じた。
タケオは心の中で思った。


<まただ....また、こうなっちまった...。いったい何でなんだ...>
何時もそうだった。マキオは全く状況を無視した行動をする。
そして周囲を混乱に引き入れる。

しかし、その後の収拾は何故か不思議と治めてしまうのだ。
その笑顔も原因の一つなのかも知れないとタケオは感じていた。


普段の、クールな表情が一転した、その表情は例えれば、まるで天使の笑顔とでも言えるものだった。
幼児のような屈託のない笑顔なのだ。


<どうして、こいつはこんな雰囲気が作れるのだ?いつもは無表情で蝋人形みたいなヤツなのに...>
タケオは不思議に思うと共に不気味感が募るのを感じていた。


<こいつは、いったい何者なんだ>


いつも、思うことが頭の中を駆けめぐっていた。



 そう、考えていたタケオに突然マキオが話しかけてきた。



その声にタケオは我に返ってマキオを見つめた。
マキオは、いつもの無表情なマスクに戻っていた。そして、こう言った。


「タケオ、今日オマエは俺の後を最後まで着いてくる気があるか?」


タケオは、呆気にとられた。


<着いてくる気かって...?いつも俺はオマエに着いて走ってるぜ..>


そう、心の中で思ったとき、その心を読むかのようにマキオが答えた。



「今日は違うんだよ。」

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