其の六
「マキオはその場から消えてしまったのか!タケオ君!」
事の顛末を聞いていた佐藤は、タケオの話に激昂して思わず声を荒げていた。
しかしタケオはその佐藤の声に驚く風でも無く、淡々と答えた。
それは、佐藤がこの話をする事で激昂する事を予想していたかのような落ち着きぶりだった。
「いつもの事ですよ...佐藤さん」
それが、佐藤の高ぶりを尚更助長することとなってしまった。
「いつもの事って、タケオ君!以前君に聞いた赤城山の一件と言い、今回の件といい、マキオは自分が少なくとも関係している事件に常に無関心、そして他人事のような振る舞いは本当にいったいどうなってるんだ!」
佐藤は、興奮のあまり自分の言っていることが支離滅裂になっていることに 気づいていなかった。 そして、とりとめのない事をわめき散らしている。
さすがに、見かねたアキオがその場を沈静化させることになった。
「佐藤さん!落ち着いてください!」
アキオとしては珍しく声を荒げた。
その声に、興奮している佐藤も、さすがに我に返った。
「いや、ごめん!申し訳ない!訳のわからないことを言ってしまって。しかし君たち、これは尋常な事じゃないぜ!あいつ...マキオだよ!マキオ!あいつと関わったヤツは皆大変な事に成ってるじゃないか!これは問題だぜ!」
佐藤の興奮は少々落ち着いたとはいえ、まだ完全には納得できていないのは明らかだった。 その佐藤の、興奮をなだめるように今度はアキオも落ち着いて佐藤に返した。
「佐藤さんが、お怒りになるのも良く解ります。自分たちもマキオと出会った頃は、そんなことの連続でしたからね」
佐藤は、アキオの言葉に新たな驚きを感じたようだった。
「アキオさん。そんなことの連続って、それほどマキオと接触すると訳のわからないことに出くわしたんですか?」
アキオは意味ありげな笑いを口元に浮かべて、佐藤に返した。
「佐藤さん、アイツと付き合った毎日は不可思議な事の連続ですよ。まず第一にアイツの走りですよ。とにかく尋常ではない走り、そして一緒に走る者を天国から地獄へと突き落とすような走り。まあ、その逆も在りますけどね。地獄の苦痛から解放されて至福の走りを味わう。しかし、これは本当に希なことです。その数少ない体験者の一人は高山さんですよ。さっき佐藤さんが高山さんの全日本での走りのことを話したじゃないですか。新たなフォースを得たかのような走りだったと。高山さんはマキオと走ることで、新たな局面を体現することが出来たんですよ。それがマキオの言っていた<絶対速度>の領域だったのかもしれません。そしてオメガポイントの領域。高山さんは、新たなる進化を遂げたんですよ。まだ、自分では気づいていないかもしれませんけどね」
アキオの話を聞いていた佐藤は、本来の落ち着きを取り戻していた。
それと共に、いくつかの疑問が湧いてくるのを感じていた。 そして、自問自答していた。
<たしかにアキオの言う事には一理ある。あの男は時に粗暴にして鬼神の如き姿を見せるが、その反面本当に落ち着いた理性的な面も見せる。まさに極端に悪魔と天使が同居しているようだ...>
その時、タケオが突然に話し始めた。
「佐藤さん、さっきのバイク便のライダーの話、まだ続きがあるんですけど聞きますか?」 佐藤は我に返ってタケオを見つめた。
「え?タケオ君、その続きって?なにかまだ在ったの?」
佐藤は本心、その話の続きは聞きたいとは思っていなかった。 また不快な気分にさせられるのが嫌だったからだ。多分、不快な話に違いない。
だから、あえてとぼけた答えをタケオに返してしまったのだった。
しかし、タケオは佐藤のそんな雰囲気を察することもなく話を続けた。
「ええ、佐藤さん。だってその後の後始末自分が全部やったんですからね」
タケオは自信のこもった言い方で佐藤に答えた。
佐藤は予測したようなタケオの言葉に失望した。
<おいおい、タケオの自慢話を俺は聞きたくないぜ...> それが本音だった。
しかし、タケオの話は佐藤の予測を裏切る展開となったのである。
「佐藤さん、自分はあの後しばらくしてバイク便ライダーに面会に行ったんですよ、あいつの入院している病院へ...」
そう切り出して話始めたタケオの話は、まさに奇怪な話だった。
タケオは事故の数日後、バイク便ライダーの入院している病院を訪れた。 事故の処理をしたこともあって、またタケオ自身が警察から事情を聞かれたこともあり関わりを待たざるを得ない状況だったからだ。
そして、タケオが一番知りたかった事は、なぜバイク便ライダーとマキオがバトルになったかの原因だった。
それは、あの当日タケオが後ろから目撃したバイク便ライダーがマキオに声をかけた事に原因が在るとも考えていたからだった。
タケオは何をバイク便ライダーがマキオに言ったのかを知りたかったのだ。
バイク便ライダーはタケオが病院を訪れたとき、数日間の集中治療室から解放されて一般病室に移されていた。
まだ完全な状態ではないから面会は避けてくれと医師からタケオは告げられたが、タケオは適当で強引な理由を付けて無理に頼み込んで面会を許された。
病室を訪れたとき、ライダーはタケオが思ったより元気だった。
タケオはその状態を見て安心した。
とても他人事とは思えなかったので、その安堵感は尚更だった。
ライダーの名前は中山と言った。 タケオは病院で初めて彼の名前を知ったのだ。
たしかに、あの時の状況ではライダーの名前など聞く余裕は無かったのは事実だ。 タケオは中山に自己紹介をした。
中山は病院と警察から事の顛末を既に知らされていたので、タケオの来訪を喜んだ。
「タケオさんですか?」
タケオが話を切り出す前に中山はタケオに声をかけた、そしてタケオに感謝の言葉を伝えた。
「タケオさん、ありがとうございます。いろいろ面倒かけちゃって....」
まだ弱々しいその声にタケオは同情の念をさらに強くした。
「中山さん、どうです具合は?」
そんな通り一遍の事しか言えない自分が情けないと感じたが、それが精一杯の言葉だった。 そんなタケオの問いかけに中山は笑みを浮かべて答えてくれた。
「けっこうキツイですけど、僕が悪いんですから心配しないで下さい。先生は3週間もすればリハビリが出来るようになると言ってくれましたから 。また、バイクにも乗れますよ。」
その言葉にタケオは、こいつも本当にバイクが好きなやつなんだと感じた。
「良かったですね。」 そんな陳腐な答えしか出来ない自分にタケオは苛立った。
そして、こうも考えた。
<今日はこのくらいで帰ろう。あの話は今日は聞くのを止めよう>
「中山さん、ホント良かったですね、自分も安心しました。また、来ますから元気になって下さい」
そうタケオが言って、病室を立ち去ろうとしたとき、意外なことに中山がタケオに話の口火を切ったのだった。
「タケオさん。アイツのことタケオさんは知ってるんですか?」
そして、こう続けた。
「タケオさん、あいつはいったい何者なんですか?」
それがマキオの事を言っているのは明らかだった。 しかし、タケオはその返事をとぼけて答えた。
「え?誰のこと?」 中山は真剣な眼差しでタケオに話を続けた。
「俺に話しかけた、あの黒いバイクのライダーですよ。」
<え?!> とタケオは思った。
<マキオは、こいつには話かけてなどいないはずだ?>
タケオは、当日の情景はしっかりと憶えていた。 なにせ、あの日はマキオの行動を後ろからしっかりと観察していたのだから。
<あの時、マキオは絶対に中山には話しかけていない!そんな素振りも見せていなかった。逆に無視していたはずだ。突然怒鳴りだした素振りを見せたのは中山の方だった>
タケオは、そんな中山が<自分に話しかけて来た>と言うことが不思議だった。
しかし、タケオはあえて惚けて中山に問い返した。
「いや、自分はたまたまあの時後ろに居たんで、あのライダーの事は全然知らないけど、彼が何を中山さんに言ったんですか?」
そのタケオの問いかけに対する中山の答えが奇怪だった。
「そうですか、知らないライダーですか....」
そう前置きして、しばらく中山は考え込んでいたようだったが、意を決したようにボソリと話し始めた。
「タケオさん。あいつ不気味なヤツでしたよ。何が不気味って、僕が信号で止まっていたら突然隣に止まって僕に話しかけたんです。それで僕はアイツの方を驚いて見たんですよ。そしたらまた声が聞こえたんです。その言葉が不気味なんですよ。なんて言ったらいいのかな、僕が考えている事と同じ事を鸚鵡替えしに僕に話すんです。僕が声が聞こえたんでアイツの方を見たら僕の考えたのと同じ事が言葉で帰って来るんですよ。
たとえば<なんだ、こいつ>と僕が思ったら同時に<なんだこいつ>とアイツが喋るんです。
もうそんな事が続くんで、僕はヘルメットのシールドを上げて<いかげんにしろよ!>ってアイツに言ったんです。
そうしたらアイツ突然信号が変わったとたん加速してスタートしやがったんで、さすがに僕もキレちまったんです。 後ろから少し突いてビビらしてやれと思ったんですけど、その直後ですよ何かに引き込まれるように僕のバイクが加速し始めたのは....」
中山の話を黙って聞いていたタケオの額には脂汗が滲んでいた。 そしてタケオは中山の言葉をさえぎって中山に質問した。
「中山さん...。バイクが加速したんですか引き込まれるように...」
中山は、タケオの変化に気づいていた。
「ええ..。自分の意志に反してバイクが加速してゆくんですよ、何かに引きずられるように...」
タケオには思い当たる事があった。
<あの時の自分と同じだ...> タケオの身体は小刻みに震えていた。
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