おまけ 化け猫と男と回転寿司
名威と回転寿司屋に来ている。
名威は人間の姿で、僕があげたトレーナーを着ている。僕の服を買うついでに買ったものだ。あげた時は、
「吾輩こういう、casual attireは好かん」
とか、なんとかごちゃごちゃ言っていたので、気に入ってないのかと思っていたけれど
「まあ剛の気持ちは受け取ってやらんでもない」
なんて偉そうなことを言いながら、結構な頻度で着ている。
同じ服屋で買ったから当たり前だけど、今日の僕の服装とはペアルックっぽくなってしまった。
「それでは、剛の資格取得にかんぱ〜い!」
「……乾杯」
なぜ僕のお祝いに、僕が名威を寿司屋に連れてきているのかわからないが、まあ、目を瞑ってあげよう。誰かに祝われるのは嬉しい。
乾杯といいつつ、名威が飲んでいるのはオレンジジュースだ。アルコールは飲まないらしい。まあ猫だから当たり前か。
「……ビールはプリン体が山盛り。痛風の元だぞ、剛」
「自分が飲めないからって、嫌なこと言うなぁ」
僕はビールを飲んでいる。僕は、会社の飲み会でも飲み歩きでも、とりあえず生派である。
「人間の悪癖の一つに、酩酊とかいう状態異常を好んで引き起こすことがあるな」
「他の悪癖は?」
「嗜虐癖だな。戦争、虐殺、動物虐待の原因である」
「それと並ぶような大罪かなぁ」
そう言われるとなんだか、とんでもないことをしでかしている気持ちになる。僕は習慣で飲んでいる生ビールを見つめた。シュワシュワと泡が立つ金色の液体は、こんなに美味しそうなのにな。
「いや、剛が飲みたい分には良いのだがな。……吾輩、ビールには良い思い出がないのだ。酩酊して溺れたことがある」
「心配しなくても酩酊するまで飲まないから、大丈夫だよ」
「そうか」
名威も苦労しているんだなぁ、と思いながら、視線を名威に移すと……
「……名威?」
「ん?」
「もう、黒い皿はいいんじゃないかなぁ」
猫の癖して、食べる量は人間と同量らしい。しかも僕にはだんだんついていけなくなってきた、ごちゃごちゃとシステムが複雑なタッチパネルを使いこなし、よりにもよって一番高い皿をバカバカ頼んでいる。
「ちゃんと剛の分は取っといてあるぞ」
「あ〜、うん。ありがと」
確かにキレイに一個ずつとっておいてはあるけども! 『特撰!久慈のウニ』って……。こっちで食べると高いんだなぁ。都会の回転寿司はなんでも頼めるけど、実家近くの回転寿司の方が鮮度もネタのうまさも上だった気がする。地元贔屓もあるだろうけど。
そのことを伝えると、名威は目を輝かせた。
「そういえば剛は岩手の生まれだったな。今度実家に連れてってくれ」
「喋る猫飼ってるって知ったら、親父もお袋も泡拭くよ。なんて言って連れてけば……」
「ふん。吾輩が猫であることを隠すか、喋れることを隠すかどちらかだな。どちらでもいいぞ。あ、ペットホテルはナシだぞ。ホクロが大いに不満だった、と言っていた」
「やっぱ嫌だったんだ……」
帰省の間、ホクロはペットホテルに預けることが多かった。名威がいるから、次の帰省の時は名威に任せればいいか、なんて考えていたんだけどな。
「まあ一度ご実家には挨拶しておいた方がよかろう。家族なのだから」
「なんて言って?」
「剛さんは幸せにするのでご心配なく、とな」
「嬉しいけど、話がこじれそうだなぁ」
「なぜだ」
「猫に喋りかけられたら、それだけでびっくりだし、人間の名威は見た目が若いから……。はるか年下を家に引っ張り込んだことになっちゃうよ。自覚あるでしょ?」
名威が家に転がり込んできた時のことを、懐かしく思い出した。
「なるほどな」
名威は突然俯いて力みだした。まさか食べ過ぎて吐きたくなったんじゃ……と心配していると、ボフンと軽く煙を出して、顔をあげた時には、髭の生えた中年に変身していた。古いお札で見たような、なんだか親しみの持てる顔だ。若い姿だと、色素の薄い外国人か、髪を染めているように見える黄味がかった灰色の髪が、こちらの姿だとしっくりきている。
「……って、いきなり変身しないでよ、目立つよ!」
「誰も見ていないことは確認してからやったぞ。まあ気合いを入れねばならんので、長くは保てないのだがな」
また煙を出して、名威は若者の姿に戻った。いくら混んでいるとはいえ、こんな事態に気がつきもしない、都会の人たちってどうなんだろう。周りでは家族連れがわいわいと盛り上がっていて、僕らのことは目に入っていないみたいだ。
「長く保てないなら意味ないんじゃ……」
「それもそうだな」
あっさり言うと、またタッチパネルを触っている。また高いものを頼まれては敵わない。
「次はシメサバにしよう、シメサバ」
「一番安い皿を頼もうとしているな? ……吾輩の名前にするならもっとnobleな寿司ネタにするんだな」
「ノーブルな寿司ネタってなに? 大トロとかにしたらもっと怒るくせに」
「食べ物から離れんか。大トロとはなんだ、吾輩が太っているようなことを言うな」
案の定、二人で食べたとは思えない値段になって、お財布には痛い『お祝い』だったけれど、楽しい一日になったのだった。
猫と化け猫と男一人 刻露清秀 @kokuro-seisyu
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