警告

古屋

警告

 近頃、私が通う学校ではある噂話が流行っていた。学校からそう遠くないところに不気味な家があるという話だ。

 その家は少し前に誰かが退去したという家で、子連れの家族が住んでいたらしい。しかし退去したというのは表の理由で、実際には夜逃げしただの、一家心中しただの、良くない話が裏話としてクラスの間で浸透していた。

 退去後、その家は最初のほうこそ綺麗な風体をしていたが、時間が経つにつれ、日に日に不気味な風貌となっていった。今ではかつて人の住んでるような面影など全く見えない程になっており、あたかも絵にかいたような幽霊屋敷となっていた。

 今日もクラスでは、その家の話題が飛び交っている。


「あの家で人影を見たってよ」


 好奇心旺盛なクラスメイトから発されたのだろう、そんな言葉が耳に入ってきた。


「え、あの家誰か住んでるの?」


「いや、あのボロさで住んでるってことはないだろ。やっぱあれだよ、幽霊だって。あの家に家族の怨念とか呪いとか籠ってるんだよ」


「幽霊ねぇ……まあ最近あの家、カラスが飛び交うようになって怖さが更に増した気がするし……マジで何かいるのかもね」


「な、そう思うだろ。そのうちクラスの誰かが呪われたりしてな」


 そんな会話に、私を含め、クラスメイトの何人かが聞き耳を立てている。この話がまた広まって、きっとあの家を訪れる人が増えていくのだろうと考えていた。そのうち、全国に名を馳せる心霊スポットになるのかもしれない。


 御多分にもれず、私自身もこの手の話には興味があるので、その日の放課後のその家を訪れることにした。

 話で聞いていた通り、家の周辺には多くのカラスが飛び交っていた二階建ての建物で、大きさもよく見る一般的な物と大差はない。しかし外壁はボロボロになり、所々にはスプレーで描かれた落書きもある。雑草が茂り、窓は一部が割れ、まさにお化け屋敷よ呼ぶにふさわしい見た目となっており、耳に入るカラスの鳴き声で更に不気味が増す。


「……そういえば、こういうところに来ると呪いで体調が悪くなるって話も聞くけど、そんな噂はきいたことがない気がする」


 そう一人呟きながら、二階の窓に目を向ける。人影が見えるという話だったが、しばらく視線を送るも、そういった類のものは見えなかった。やはり噂は所詮噂なのだろうかと、安心したような、残念だったような、そんな複雑な胸中で私はその場を後にし、家へと帰った。



 翌日、私は体調を崩した。親が言うにはただの風邪だろうということだが、昨日の今日でこうなってしまうと、あの家が関係してるのではとどうしても不安が浮かび上がってくる。このままどんどん体調が悪化し、原因不明の謎の病気になってしまった挙句、死んでしまうのではないかと、恐怖から深く布団に潜りこんでいた。

 その結果、いつの間にか熟睡していた。そのおかげか風邪の症状はすっかりなりを潜め、

私は健康体そのものになっていた。どうやら母の言った通りただの風邪だったみたいだ。

 体調が良くなった私は、気晴らしにコンビニに甘いものを会に行くことにした。そのついでに私はあの家を通り掛けに見てみることにした。

 家を訪れると、昨日と変わらずカラスが多数たむろっていた。やはり不気味だとその場を離れようとしたが、私はそこであるものが目についた。

「あれって……」



 数日後、あの家に変化が起きたようだ。クラスメイトがあの家を通ったところ、あれだけいたカラスが忽然と姿を消したらしい。


「多分あれ、カラス除けのせいだぜ。家の軒先にカラスの死体が吊るされてたんだよ」


「じゃあやっぱり、あの家って誰か住んでるのか」


「いや、あんなとこに誰も済まないって」


「幽霊がやったのかも」


「近所の人がやったって可能性もありそうじゃない」


 そんな会話が飛び交う。

 カラス除けとして、カラスの死体を吊るすというのはどこかで聞いたことがある。しかしそれは私が小さいころの話だ。今となってはそんなことをしたら多方面から罵詈雑言を受けるだろう。

 こうやって話に尾びれが追加されていくことでおぞましい怪談が出来上がっていくのだと思いつつ、その話から私はあることが気になり、放課後にあの家を訪れることにした。


 いざ来てみると、確かにカラスの姿が一切なかった。鳴き声のひとつも聞こえない。

 私は気になったことを確かめる為、家の軒先に目を向ける。そこにクラスメイトが話していたとおり、カラスの死体が吊るしてあった。外傷があるようには見えないが、ゆらゆら揺れると生気の失せたそれは、やはり気持ち悪いものがあり、私は程なくして目をそらした。

 しかし来たかいがあって、確かめたいことについてはこれで確認できた。


「でも、私が見たのは絶対に……」



 数日後、今度は別の話が広がりだした。あの家に今度は猫が集まりだしたのだ。


「いつの間にか猫ハウスになってたな」


「私も行ったけど確かに猫がたくさんいたよ。めっちゃ癒された」


「あそこって動物を引き付ける感じの家なの」


「さぁ。猫って幽霊見えるみたいなとこあるから、それ関係とか」


「やっぱり誰か住んでるんじゃない。猫を保護してる人とか」


「でも人が出入りしてるの見たって話ないよね」


「たまたまじゃない」


「まあどうでもいいじゃん。猫かわいいしさ」


 先の幽霊話はどこへやら。不気味は家はいつの間にか癒しのスポットへの変貌を遂げようとしていた。幽霊の類の話が苦手だったクラスメイトも、この話が出始めてからは自分も訪れてみようという人も出てきた。

 あの家の対する悪印象がどこか薄れていっているような感じだ。

 私も実際に見に行ってみたのだが、カラスがいた時とは打って変わり、たくさんの猫がたむろうその景観は、家の不気味さなどかき消すような雰囲気になっていた。



 更に数日後、またしてもあの家に変化が起きた。

 あれだけいた猫たちが、一匹の残らず姿を消してしまったのだ。猫を楽しみにあの家を訪れるようになっていた人は残念がっていたし、猫が一斉に消えるなどという不可思議なことが起きればこそ、あの家を神霊の対象として更に興味を募らせる人もいた。


「やっぱり誰かがあの家に住んでて猫を追い払ったんだよ」


「まあ、あれだけいれば鳴き声とかすごそうだよね」


「あの家には誰も住んでなくて、周りの家の人が迷惑してて追い払ったっていう線もあるんじゃない」


「一理ある」


「いやいや、やっぱり幽霊の仕業だって。あんないっぺんに猫がいなくなるなんて普通じゃないよ」


「家の呪いで猫が消えたってことなのかな」


「そのほうが面白いよね」


 不気味な家としての印象が再熱するにつれて、あの家を度胸試しの場として訪れる人が増えていった。数日もすれば、「俺も行ってきた」「全然怖くなかった」「まあ余裕だったよ」などと、あたかも武勇伝のごとく語り合うクラスメイト。その中には「あの家で人影を見たぜ」「女の霊がいるんだよ」「人形も落ちてたな」という更なる恐怖と好奇心を駆り立てるような話も混ざっており、それらは更に多くの人をあの家に引き付ける要因となっていた。

 そんな盛り上がりの中、その話手の話が始まる度に顔色を悪くするクラスメイトがいた。こういった類の話が苦手なのだろうかとも思ったが、ひょっとしたら彼女も……。



 雨が降っていたある日、クラスメイトの誰かがこう言っていた。


「あの家、でっかいテルテル坊主が吊るしてあったぜ」


 こうなってくると、あの家にはやはり誰かが住んでいるという説が濃厚なものとして認識され始めた。

 だとすれば、誰が、どんなやつが、それは人なのか幽霊の類なのか、その正体を確かめてみたいという気風がクラスの中で高まりだした。クラスの柄が悪い面々は早速行ってみようと仲間たちと囃し立て、怖がりな子達は家に近づかないようにとお互い示し合わせ、一部の子はこそこそと何やら話している様子も見てたとれた。

 これから、あの家を訪れようとする人はどんどん増えていくだろう。そう思いながら私はその日、寄り道をせずまっすぐ家に帰ることにした。



 数日後、起床すると、続いていた雨が上がった。

 リビングに降りるとニュースが流れていた。飲み物を飲もうと冷蔵庫を開け、内容を傾けてみると、どうやら首吊りの死体が見つかったらしい。まだ眠い目を擦り、テレビに視線を向ける。テレビにはあの家が映っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

警告 古屋 @furuya_fumi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る