第38話 初恋のその先へ
暗い木立ち道をランタンに照らされ、歩いて行く。
(もしかして)
ランタンが途切れたのは、予想した通りハスが咲く場所だった。
「楓」
久しぶりな夏煌さんの声に、一気に感情が高まる。
ランタンが途切れて暗いその場所を、目を凝らして見る。
風が吹き、雲に隠された月がスポットライトのように夏煌さんを照らすと、キラキラと金色の髪が輝いて、光がこぼれた。
「その髪……」
思わず口にすれば、夏煌さんから笑顔もこぼれる。
「もう素の自分に戻ってもいいかと思って。楓と出会ったころの俺に」
「どうして……」
その眩しさから直視できなくて、目を逸らした。
「俺を変えておいて、側を離れようなんて許さない」
いつのまにか掴まれた左手の薬指に、夏煌さんがあの指輪を通す。
「でも……時任のお嬢様と婚約を」
言いかけて、腕を引き寄せられた。
「俺は、楓しか考えられないって言っただろ!?」
抱きしめられたあと、夏煌さんの切ない声が静かな公園内に響いた。
「時任会長は俺たちを認めてくれている。どうやら親父が俺の本気度を図るために圭吾に嘘を吹き込んだようだ」
「う……そ!?」
「ああ。圭吾は実直で親父に忠実だからな。思い通りに動いてくれたと笑っていた」
「噓……」
へなへなと力が抜けた身体を夏煌さんが支えてくれる。
「楓はもう月城の人間だ。それに日ノ宮の所業は君には関係ない。それでも心無いことを言う奴がいたら、絶対に説得してみせるし、楓のことは守るから」
力強い言葉に涙がポロポロとこぼれる。
「でも……もう転校手続きも住む家だって決まって……」
「転校の手続きは取り消したから、今の学校に卒業まで通える。新しい家は、ちょうど宮崎へ赴任になった社員がいたから使ってもらう」
いつの間に。夏煌さんは今日帰って来たばかりではないのか。
「でも……わたしなんかが相手じゃ、また夏煌さんが苦労するでしょう。わたしは子供で、夏煌さんに何にもあげられない」
「楓」
夏煌さんの指がわたしの唇を押さえたあと、その流れで涙を拭ってくれた。
「『なんか』は禁止でしょ」
見上げたわたしの目に溜まる涙を、夏煌さんが唇ですくう。
「!?!?」
「俺は楓がいればそれだけで良いってずっと伝えてきたのに……どうやらまだ俺の愛が足りないようだ」
「た!? 足りてます! わかりました!」
再び唇を寄せようとした夏煌さんの顎を手で押さえ、必死に訴える。
「残念。キスする口実を失った」
「~~っ!」
意地悪く微笑む夏煌さんのペースに乗せられている。意地を張っているのがバカみたいだ。
夏煌さんはわたしを腕の中に閉じ込める。
「今日ね、俺の誕生日なんだ」
「えっ!?」
驚いて顔を上げると同時に、夜空に花火が上がった。
「!?!?」
驚くわたしに夏煌さんがくすりと笑う。
「月之院の手にかかれば、花火を上げることも簡単だよ。泣かせたお詫び」
「お詫び?? 夏煌さんの誕生日なのに?」
スケールが大きすぎて、目をぱちくりさせていると、夏煌さんが耳元で囁いた。
「離れたくないって泣かせたお詫び」
「………………。――――っ!? まさか、あの指輪っ」
「もちろん鬼火を仕込んでいたよ? おかげで急いで日本に戻って来られた。まあ、宮崎でもどこでも連れ戻しに行ったけど?」
あのときの独り言を聞かれていたなんて。口をぱくぱくさせ、夏煌さんを見る。
「俺は楓のストーカーだからね。いまさらでしょう?」
「もう…………」
色々言いたいことはあるし、突っ込みたいこともある。でも全てがどうでも良くなった。
夏煌さんが側にいる。その事実だけで良かった。
夏煌さんから身体を離し、しっかりと彼を見上げる。
「夏煌さん、またわたしを迎えに来てくれてありがとうございます」
ようやく素直に吐き出した言葉は心臓を煩くさせ、花火の音を邪魔する。
キラキラと降る光の花が夏煌さんの髪をよりいっそう輝かせ、魅入ってしまう。
「楓は俺を君色に染めた。十年前から楓は俺の特別だ」
再び引き寄せられ、腕の中へと閉じ込められた。
「俺と結婚して欲しい」
「っ」
言い淀むわたしに夏煌さんがおでこを寄せる。
「楓、俺に誕生日プレゼントをちょうだい」
「わたし、なにも――」
わかっているくせに、という顔で夏煌さんがわたしを見る。
頭上では規則的に花火が上がり続けていて、自分の心臓と音の区別がつかない。
「本当にわたしなんかでいいんですか……んっ」
この期に及んで「なんか」を使うわたしの唇を、彼の唇がついばんだ。
「俺は楓以外考えられない。まだ信じられないなら何度でもキスをするよ」
「し、信じます!」
「俺と離れたくないって言ってくれたのは嘘?」
「嘘じゃないです!」
「ん」
彼はわたしの答えに満足すると、宝石のように綺麗なその目を細めた。
「結婚しよう。俺をもっと楓で染めていっぱいにして」
朱色のワンピースをちょんちょんとつままれ、そういう意味だったのかとわたしは赤くなる。
(もう、この人には一生敵わない気がする)
うだうだ悩むわたしごと愛して、包み込んでくれる。
わたしも夏煌さんじゃないとダメなんだ。
「はい。わたしと家族になってください、夏煌さん」
「…………!!」
感動で震える夏煌さんの目に涙が浮かんだ。
(こんなにわたしを想ってくれる、大切な人)
「わたしももう、離しません」
ぎゅっと彼の両手を包み込めば、彼の身体が硬直する。
そんな彼が可愛くて、愛しいと思う。
「楓、愛しているよ」
花火もどうやらクライマックスのようで、わたしたちの頭上で連続して咲き誇る。
わたしは背伸びをすると、返事の代わりに夏煌さんにキスをした。
〈完〉
夏を染める楓〜一族から無能と言われた少女は鬼の末裔に愛される〜 海空里和 @kanadesora_eri
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