第二十四話 愛される花嫁2
香楓の体力がほぼ元通りに戻ってきたころ、家に帰ることが許された。馬に乗って帰ろうと思っていた香楓は、従者によって車に押し込められる。
遅れて現れた陽輝様に、笑われてしまった。
「一人で帰ろうとしていたのか? これだけ男の家に泊まっておいて、一人でひょこひょこ帰るのは不味くないか?」
そうだ、無断外泊していたのだ。しかも、皇子様の寝所に。
固まった香楓を、陽輝様が笑う。
「大丈夫だ。ちゃんと文はやっている。当主などは、何度か玻璃院にも来ている。あぁ、そのとき、
「維希が?」
まだ、玻璃院に連れてくるような歳ではないのに。
「あぁ、まぁ、帰ればわかるさ」
家に帰るのは二十日ぶりだ。
涙を流して帰りを喜ぶ門衛が、陽輝様の姿を見て固まったり、駆け出してきた維希が、抱きつく手前で直立不動になったり、陽輝様まで来ることを想定していなかったようで、家の中は大騒ぎになってしまった。
「もう、嫁に行くぐらいで、大騒ぎしすぎなのよ」
美しい唐衣を羽織った姉様が顔を出す。
「姉様、その格好……」
「香楓には、言っていなかったわね。今日、輿入れするの。嫁に行っても、香楓には会える気がするのよね。香楓なら心配はないでしょうけど、皇子様によ~く尽くすのよ」
姉様が言うと、違う意味を含んで聞こえるから不思議だ。なにかと忙しなく支度をすませると、車に乗り込んで輿入れ先に向かってしまった。
「さて、香楓も支度をしろ」
「ん?」
「今日一日だけ、帰る許可を出しただろ? 目を離したら、香楓はいなくなってしまいそうだからな。連れて帰れないのであれば、俺が泊まろう」
それは、我が家が困るだろう。
「支度をします」
両親には、話が通っていたのだろう。光代の従者だけでなく、新しく内裏で世話をしてくれている従者までも加わり、香楓の支度は進められた。人手が多かったので、短い時間で滞りなく着付けられた。
「うん。綺麗だ」
どう見ても、このまま輿入れだな。と陽輝様の執着を恐ろしく思う。
あれから毎晩、抱き締められて眠っているものの、夜伽は求められていない。
「姉様」
陽輝様が、
「まださきですが、私も嫁に参ります」
「輿入れが決まったの?」
「えぇ、誠実で、とても良い方なの」
赤らめた頬を両手で包む。それも男装をやめる切っ掛けだったのかと、妙に納得した。
妹が幸せになってくれれば、それに越したことはない。
「悠月と言ったな。玻璃院に来てもよいぞ」
「畏れ多いお言葉、ありがとうございます」
「あぁ、当主と共に来い」
「えっ? 当主??」
光代の当主だろうか?
「香楓は知らなかったか。聡司が身を固めるのでな。雷門家の当主となるのだ」
「えっ? では……」
「えぇ。雷門聡司様に嫁ぎます」
聡司は男色で……。
「香楓……。また、変なことを考えているだろ。聡司は、家柄に目が繰らんで迫ってくる女が苦手なだけだ。光代なら、家柄は同格。それに、お前の妹だ。家柄でしか男を見ないような娘ではないだろ」
「でも、聡司様は、つれないときも御座います」
悠月が乙女の顔で眉を下げる。
これは、悠月の方が惚れたのか……?
「照れているのだろ。祓いが終われば、必ず声をかけているように見えるがな」
悠月も満更ではなさそうだし、聡司であれば安心である。
形式的な挨拶がすまされると、陽輝様は維希を呼んだ。
「香楓が回復すれば、玻璃院に連れていくつもりだ。しっかり修行して、立派な当主として玻璃院に来るのだぞ。まぁ、父の仕事の見学に来ることも許そう」
「はい!!」
維希が驚くほどのよい返事をする。いつまでも甘えん坊だと思っていたのに。
「では、香楓。行こう」
陽輝様は、先に戻って香楓を迎えてくれるようだ。陽輝様の従者も始終嬉しそうで、香楓がなにか言うことなどできなかった。
帝や国の重要人物に、挨拶をすませる。
帝の嬉しそうな顔と、他の重要人物の疑うような視線。本当に光代家の姫なのかと疑われているようだ。
陽輝様が食事をしながら、今後のことを話し始めた。
「国民にむけた祝言は、改めて行う。それから、火宮が晃太を養子にした。次期当主は、実力で選ぶそうだ」
香楓が回復すれば、玻璃院で陽輝様を手伝うので、知っておいた方がいいことを教えてくださっている。
「なにかあったら、必ず相談してくれ。俺も、香楓のことを頼りにしている」
香楓と悠月を男として育てる前に、相談してほしかったと言っていた。それもあって、念を押されたのだろう。
それにしても、陽輝様は、光代家の問題を全て解決してしまわれた。
「陽輝様、この度はありがとうございます」
「ん? 俺は、やりたいようにしただけだ。それよりも、香楓はいつも、誰かのために無茶をする。自分を大切にしてくれ」
男装して当主代理をしていたのは家族のため。千金の鬼を祓うために命を懸けたのは、陽輝様のため。
香楓は誰かのための方が、頑張れると思っている。
「俺は、香楓が大切なんだ。自分を大切にするのは、俺のためだろ」
そんな風に考えたことはなかったので、陽輝様の目を見る。陽輝様が優しく笑い懸けて下さったので、深く頷いた。
「陽輝様、そろそろ湯浴みに」
従者が促すと、悪戯を思い付いたように笑う。
「香楓、一緒に入るか?」
一気に顔が赤くなる。前に言われたときは、からかわれただけだが、あのときにはすでに香楓が女だとわかっていて、陽輝様は誘っていらっしゃったのだ。
「さすがに、そろそろ慣れろよ」
慣れろといっても、まだ抱き締められているだけで、肌を合わせたことはない。
「先に行っておいで」
従者が湯殿の中まで入って、香楓の背中を流す。自分でできると伝えても、「お世話させてくださいませ」と許してもらえなかった。
髪を乾かしているうちに、陽輝様の湯浴みは終わり、胸元をはだけさせたままの、いつになく色っぽい姿で戻っていらっしゃった。
「香楓。おいで」
硬直するように固まった香楓を、陽輝様は抱き上げて布団に下ろした。
「香楓。愛している」
口づけを交わし、優しく愛撫されれば、がちがちに固まった体の力は抜けていく。帯を優しくほどいていく、陽輝様の手に全てを委ねた。
秘め事は、秋晴れの下に散りゆく 翠雨 @suiu11
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