第7話 リギアの行方

「さて……」


 リギアとの約束通りレディミアの救出に成功した彼は、もう一度魔力感知を発動させた。


 数刻前まで反応があった地点は、未だ変わらず反応が溜まり続けている。この広い城内でそこまで目立つのだから、予測だがリギアはそこにいるだろう。


 そう考え、アイロードは侵入経路を考える。


 だが、分からなかった。


 多少王族間でのいざこざに巻き込まれているアイロードでも、城内の移動は許されている。一応、全ての部屋の位置も分かるつもりだ。


 けれど、魔力感知が反応を示す地点に部屋があった記憶はない。そこは確か、廊下である。


「確かグロトリアは廊下から伸びる階段がある、とかなんとか言ってたな。そこにリギアはいるとも」


 アイロードは先の攻防戦でグロトリアから吐き出させた情報を並べた。しかし、言ったら遠隔で殺されるとかなんとかで、詳しくは聞けなかった。


 到底嘘をついているようにも思えなかったので、深追いも出来ず……結局考えることにはなるのだ。


 けれど、廊下から伸びる階段という情報は割と有難い情報なのかもしれない。


 うーん、とアイロードは頭を悩ませる。


「なら十中八九、隠し部屋か」


 アイロードは駆け出した。


 もし本当に隠し部屋なのだとしたら、部屋の出現方法も探し出さなければならない。


 一々そんなことに時間を使っていては、リギアの生死すら有耶無耶にされてしまう可能性がある。


(そんなことには、絶対させない)

 

 もしリギアが死んでいたとしたら、とアイロードはポケットから注射器を取り出す。その面持ちには揺るぎない覚悟が宿っていた。


 アイロードは中庭の庭園から勢いよく飛び上がり、件の廊下への侵入に成功する。


 依然人気はなく、戦いが一度終わった今ではやはり静かさがこの場を支配していた。


「それで、廊下はここ。魔力感知的にも、ここから部屋に繋がっていることは明白。だが鍵がない」


 まずまず鍵が実態を持つものかも分からない。もしかしたら魔法だったり、何かのアクションだったりするのかも知れない。


 目的地は目と鼻の先にあるというのに、寸前で進路を塞がれてしまうのはなんだか気持ちが悪かった。


「もしかして、これが関係したりするのか?」


 アイロードはポケットから注射器を取り出した。


 望み薄ではあるけれど、グロトリアが大切そうに守っていた手前、何かあるのかと考えてしまっていた。


 けれど結果は目に見えていた。


 【天啓の雫】が入った注射器を廊下中で見せびらかしても、アイロードの前に道は現れなかった。


「ま、分かってたさ。そんなご都合展開ある訳がない」


 アイロードはやれやれと呆れながら、改めて注射器を観察した。


 中には透明というか透き通った液体が入っていて、光に当てても不純物の一つすら見当たらない。


「皮肉だよな。こんなに綺麗なものが、致死率最低九割とか……恐ろしいよ」


 アイロードの独り言が漏れる。


「……ん?」


 注射器をまじまじと見ていると、液体が見れる小窓の下に何やら文字が書いてあることに気づく。


「【天啓は未だ有らず。ならば我らが神となるのみ】……?」


 何処ぞの熱心な信徒が書いたのだろうか。


 天啓が得られないから神になればいいという考えは、実に子供染みている。そう、アイロードは嘲笑した。


 だが、地は揺れる。壁は動き、一筋の道を示す。その先には階段があった。


「ますます呆れた。これが鍵か」


 予想外の進展にアイロードは呆れた。


 鍵は意図せずとも自分の手元にあったのだった。


「まあ良いか。道は開いた。あとはリギアを助けて、撤退するだけだ」


 リギアが生きていようといなかろうとも、彼はリギアを連れ帰る。その後のことなんて、幾らでも考える暇はある。


 アイロードは暗闇の道を進んだ。


 階段を降り、幾つかの松明の光だけが導となる暗闇の道を前へ前へと突き進んだ。


 暫くすると、アイロードの前に一つの扉が出現した。


「ここに、リギアが……」


 魔力感知の通りならば、この先には大量の魔力反応がある。確かにそこが、目的地で間違いはない。


 正面から突入するのはリスクが大きいが、ここ以外に道はない。壁を見ても壊せそうにも思えない。


 アイロードは正面からの立ち入りを余儀なくされた。


「ようこそ、我が実験室へ。アイロード」


 扉を開けると、そこには確かに親友の父──リヴァンは待ち構えていた。


 アイロードを迎え入れるリヴァンの姿は、さながら寛容な心を持つ父のようであった。


 が、リヴァンからしてみればアイロードは妻と浮気相手の子。そう優しく向かい入れるのには無理がある。


(何か裏があるな)


 アイロードは思った。


 一向に警戒の気を緩めない彼に、リヴァンは優しく語りかけた。


「そうそう警戒せずとも、私はお前に危害を加えるつもりはない。どうだ私と手を────」


「────断る。さっさとリギアを渡せ」


 リヴァンの提案を遮り、アイロードは己が目的のみを語る姿勢に出た。


 そんな彼に失望したのか、リヴァンは指をパチンと鳴らし一つの球体を出現させる。


「何!?」


 アイロードは目を見開いた。


 それもその筈。球体の中には、既に逃走したはずのレディミアとグロトリアの姿があったのだから。


「なんでその二人がここにいる!?」


 計画の破綻を実感させられたアイロードは、普段の冷静さを無くし、叫んだ。


「我が力を持ってすれば、貴様ら人間を瞬時に引き寄せることなど造作もない」   


 リヴァンは球体を破壊する。


 中に入っていた二人の体が、乱雑に地面に叩きつけられる。既に気を失っているのか、一言も声は発さなかった。


「レディミアは連れてけ」


 リヴァンそう指示すると、使用人にレディミアを奥へと連れて行かせた。


 レディミアの移動が完了したことを確認すると、リヴァンはアイロードの元へと歩み寄った。


「では、話の続きだ。私と手を組め、アイロード。今後リギアとレディミアに関わらないと言うのならば、今後お前には手を出さん。なんなら、今回の件も水に流し全て罪を無かったことにしよう」


(何を言ってるんだ……?)


 アイロードに持ちかけられた提案。二人のことは見放す代わりに、自分の命の安全は確約されるというもの。


 なんなら人殺しの罪もなくなり、普段通りの生活を送ることが出来るという提案でもある。


 美味しい提案ではあるが、アイロードには絶対に呑めないものだった。


「無理です。それは受けられない。俺は絶対に、リギアとレディミアを連れていく」


 アイロードは恐れを振り払い、リヴァンに言い放った。


「そうか……」


 リヴァンは振り返り、静かに右手を突き出した。


「死して、我が怒りを収めさせよ。────【極炎グヴェイド火種リヴォリア】」


 青年は思い知らされた。目の前にいたのは、国王でもなく親友の父でもなく、強大な絶望であると。


 目の前で情の芽生えた人が殺される苦痛を。


 リヴァンの放った業火は、グロトリアを焼き尽くした。


「は……?」


 目の前で起こった光景に、アイロードは腰を抜かした。


 真には信じられない光景。人の手から発せられたというには巨大すぎる火球。人の成せる技じゃない。


 勝てるわけないと思った。今の自分じゃ、一撃喰らわすのも不可能だと感じた。更なる絶望が、アイロードを覆った。


 アイロードは地を眺める。上を見れば、そこには絶望が待っていると分かっているから。


「こいつなど、放っておけ。総員、リギアの死体に【天啓の雫】を使え。適合手術だ」


 アイロードを横目に、リヴァンは全体に指示を出す。


「やめ……ろ…」


 アイロードはリギアという言葉に反応し、もう一度立ち上がる。


 本心では怖くて仕方がなかった。


 生きている中で体感したことのない恐怖だった。だが、親友を傷つけられるのはもっと、辛かった。


「うわぁぁぁああああああああああ!!!!」


 アイロードは地を蹴りつけ、リヴァンとの距離を詰める。彼の憎しみ混じりの右ストレートが、リヴァンへと迫った。

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神リギアの【剣の花園】──異世界の平凡王子、史上最強の神に転生する。── 大石或和 @yakiri_dayo

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