第6話 花園の決闘
アイロードの不意打ちで、グロトリアの体が遥か遠くへ吹き飛んだ。
言葉を遮るという予備動作はあったものの、即座の判断ではどうしようもなく、グロトリアは壁に激突した衝撃を直に受けた。
好機を流すまいとアイロードはレディミアの手を引き、その場から逃走する。
「あはは、もとから遊ぶ気なんて無かったと」
グロトリアは残念そうに呟く。同時に、この場から逃げようとすることに呆れていた。
「雫、使っておけば良かったな……再生に一分は掛かるよー?これ。ま、ピンチになれば使うか」
グロトリアは魔力で負傷箇所を治癒しつつ、ポケットから小型の注射器を取り出した。
夜空に浮かぶ月に掲げたそれの中身は、一切の不純物なく透き通っていた。
一方、逃げたアイロードたちはもう形振り構っていられなかった。
リギアが死んだと分かった今、優先されるのはレディミアを城から出し安全な場所で匿うこと。
亡きリギアが望んだそれを、アイロードは己の命に変えてでもする必要があった。
それに、この先何度も戦っていたら、二人とも死ぬのは目に見えている。なら、逃げるしか手はないのだ。
「大丈夫か、レディミア?」
アイロードはレディミアに問いかける。
「は、はい。まだ、大丈夫です。それより、リギアは……」
「大丈夫。あとで助けに行く。あいつが死んでる訳ない」
病弱な身でありながら、ここまでずっと無理をしている筈なのに、レディミアは今も弟を想っている。
そんな彼女に、アイロードは一言たりとも死んだという事実を明確になんて出来ない。
グロトリアの発言で知っているとは言え、アイロードは事実を濁した。
「そう、ですよね。リギアが死んだなんて嘘ですよ……」
レディミアは以前不安に襲われていた。
顔を見れば、今にも泣き出してしまいそうだった。
「だから、今は逃げよう」
アイロードは一言促す。
「は、はい。あと、ありがとう」
レディミアは突然、礼を言う。
「え?」
「私を連れ出す時、わざと嘘をついてくれたでしょう?祭りに行こうって。嘘をついたのは、私が不安にならないため……ですよね?」
レディミアは全部理解していた。アイロードが優しい人間であることなんて、とっくに。
アイロードは前だけを見ていた。
声音が震えていた。きっと、彼女は泣いている。だから、顔は見ないであげたい。
でも、ただ一言。
「終わったら、本当に三人で祭りを見に行こう。だから、生きよう」
レディミアは目元を手で拭った。
そして、悲しみを一旦忘れさせて返答する。
「はい!」
それと同時に、グロトリアが颯爽と現れ、二人の行手を阻んだ。
「さあ、遊ぼうか。アイロード!!」
アイロード目掛けてグロトリアは剣を振り下ろす。その剣には魔力が込められていて、致命傷を与えようとしているのは確かだ。
アイロードは直様レディミアを抱きしめ【
二人は吹き飛んだが、アイロードの手慣れた着地によってダメージは受けなかった。
アイロードはレディミアを引き離す。
「それ、ほんと厄介よね?」
グロトリアはため息混じりに呟いた。
「どうでもいい。ここでお前を殺す」
アイロードは模擬剣を構える。
(時間なんてない。早くリギアを探さないとな。性に合わないが、多少は強引に行くか)
その目はまるで、獲物を前にした獣のように鋭く重苦しい殺意で塗れていた。殺意は一筋の線のように瞳から漏れていた。
「お、やる気だね」
目の前の敵の変貌に、彼女は勘づいた。
ただ、自分が負ける筈ないという絶対的自信は捨てられておらず、彼女の瞳は勝利を確信していた。
万が一負けそうでも、あれはある。
「さあ、殺し合いゲームを始めようか」
グロトリアは両手を天に掲げる。
彼女は指を折り、アイロードに先行を渡した。これは彼女が優位的に立ち回る出来レース────なんてことはない。
「蹂躙ゲームの間違いだろう?」
グロトリアの一瞬の油断を突き、アイロードは【離】で地面と反発し、彼女の目の前へと瞬間移動染みた動きをした。
突然目の前に現れたアイロードに慌てて後退した彼女だったが、彼は続け様に剣を投げつけ視界を妨害する。
「姑息な……」
剣を薙ぎ払った先に、アイロードの姿はなかった。
服のポケットを触り、落としていないことを確認すると、辺りを見る。
「何処へ!?」
「背後だ」
声に反応しグロトリアは振り向く。
アイロードは振り向きざまに彼女の髪を掴むと、力任せに彼女の頭部を地面に叩きつけた。
「────────ッ!!」
グロトリアは頭部に加わる強烈な痛みに吐血する。
続けてアイロードは彼女の足を折る。
「────────ッ!!」
「痛みに耐えられるのか?そこまで声出てないじゃないか」
グロトリアは声を抑えているが、痛くない訳じゃない。本心では泣き叫びたいほど痛かった。
彼女は予想してなかった。ここまでアイロードが非常で、残酷な人間であったことを。
「やめて……もう、追わないから……」
グロトリアは普段からは想像出来ないような声音を漏らした。
「……墜ちるのが早いな。やっぱり女か」
アイロードは呆れつつも、彼女の言葉を無視して殴り続けた。
顔、胴、腕、足と全身を隈なく殴り続け、彼女の痛みを徐々に蓄積させていく。
勿論、一撃一撃本気の攻撃をしているので一度たりとも休みはない。逃げ場のない攻撃が、彼女を襲った。
一、二分もすれば彼女は全身が痣だらけになり顔からは涙が溢れていた。
「言ったよな?これは蹂躙ゲームだって」
「う、うぅ……」
グロトリアは依然泣く一方で、アイロードは彼女の服から注射器を取り出し問いかけた。
「これが天啓の雫か?気になったんだよ、なんでポケットを確認するのかって」
「そ、それは……!!」
「図星か」
大方、負けそうになればこれで逆転を狙ったのだと分かったアイロードはそれを奪い、ポケットにしまう。
「さて、お前はもう立ち上がれない。このゲーム、俺の勝ちでいいか?」
秘策も全て尽きたグロトリアは、頷くしか無かった。けれど頷けば、あとでリヴァンから殺されるにかまっている。
頷ける訳がなかった。
「そうか、じゃあもう少し苦しんでもらおうか」
頷く気配のないグロトリアの体を、アイロードは魔力で瞬時に治癒を施した。
ボロボロで傷まみれだった彼女の体は、見る影なく完治し元通りになっていた。
「え……」
困惑するグロトリア。
そんな彼女の髪をアイロードは掴んだ。
「これで、もう一周出来るな?」
「い、嫌………」
目からハイライトが消えたアイロードを見て、彼女はこれから行われるであろう恐怖を想像し青ざめる。
「じゃあ、もう一度聞く。降参するか?」
「出来ない……」
グロトリアは目を瞑り返す。
「そうか……じゃあ、聞く。リギアの死体は何処にある?」
「それも、言えない……」
グロトリアは覚悟を決め、答えた。
「そうか……なら、吐かせるか」
アイロードは立ち上がり、強引にグロトリアも立たせる。そして、魔力感知で人の気配のない部屋を確認した。
近くに一つあった。物置だった。
アイロードは彼女の手を引き、物置へと足を進ませた。
(レディミアは物陰に隠れているし、多分大丈夫だろう。魔力感知にも引っかかるものはないし)
「え……?」
予想外の行動に、グロトリアは困惑する。
物置に彼女を連れ込むと、アイロードは部屋の鍵を閉めた。
「な、何を……?」
手を離され、さらに困惑したグロトリアは恐る恐るアイロードに尋ねた。
「人は面白い人間なんだ。痛みじゃ最後まで屈しなくても、快楽なら屈することがある」
アイロードは何処からか引っ張り出した理論を告げた。
「それって……」
何かを感じ取ったのか、グロトリアは後退りするが、アイロードに手を引かれ近くにあったクッションに押し倒された。
「俺も馬鹿じゃない。お前がどうしても口を割らないのも分かった。だから、違う方法で口を割る」
アイロードはグロトリアの服を脱がす。
「やっぱり、女じゃないか」
「う、うぅ……」
恥じらう彼女の頬は、物置で灯された蝋燭の火よりもずっと赤かった。
一方で──────────────
「あの二人、何処へ行ったのでしょうか?」
レディミアは戦闘をしていたはずの二人が、物置へと入っていくのを見損ね、あたふたとしていた。
ついさっきまで行われていた蹂躙の影はなく、今は鳥の声すら聞こえない静かさが場を支配している。
(今は、じっとしていましょう)
レディミアは物陰に体を隠した。
(それにしても、アイロード。いつもと違って、怖かったな……普段なら温厚な人ほど怒らせると怖いというのは本当のみたい)
先程まで無理をさせてしまった体に今だけはと気を遣いながら、レディミアは二人の帰りを待った。
そうでもしてないと、リギアの死を酷く間に受けてしまいそうで、アイロードに迷惑はかけたくなかった。
(早く戻って、来ないかな……)
と、そこへ。
「お待たせ。レディミア」
アイロードの声が聞こえた。
上を向くと彼は戦闘時とは一変した温厚な表情を浮かべ、隣にはグロトリアの姿もあった。
「終わったの?」
「ああ、それとグロトリアの協力も得られた」
アイロードはグロトリアに視線を向ける。
「……?」
レディミアは状況がうまく理解できていなかった。
レディミアがグロトリアに視線を移すと、彼女はどこか女の子らしいたち振る舞いに変わっていた。あと、何かが足を伝っている。
何処か頬も赤く、何かあったのには違いない。けれどもレディミアは何も考えないことにした。
何か、触れてはいけないものな気がしてならなかったのだろう。
僅かな静寂が場を包む。
「それじゃあ、あとは頼んだよ。グロトリア」
その静寂を破ったのはアイロードだった。
何かを頼んだかと思えば、グロトリアはレディミアの手を握り、城の門目掛けて進み出す。
「事情は、全てが終わった後に話すよ。だから今はグロトリアに従って欲しい」
アイロードはただ一言、頼んだ。
レディミアは心配しなかった。
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